「北の町の悪魔」あとがきと補足:わたしのクラウドさんはどうしてこんな人になったか

 書くことは、もうほとんどない。これですべてわかるはずだ。わたしはそういうふうにうぬぼれている。うぬぼれは怖いってクラウドさんが云っているけど。
(この作品におけるクラウドさんのことを、下のほうに書いています。そっちを読みたい方はどうぞ下へスクロールしていってください)

 この作品の原稿用紙枚数は60枚程度。60枚ですよ。おそろしいことではないか。なにがおそろしいかわからない人にはこう云いたい。あなたはこれだけの内容を小説にしようと思ったら、どれくらいの分量になるか想像がつきますか?
 わたしは小説についてはちょっとだけ訓練を積んできたので、書く前に、その内容から仕上がりの原稿用紙の枚数がどれくらいになるかだいたいわかる。これだけのものを書こうと思うと、わたしはたぶん200枚はかけて書きそうだ。60枚ではまずすまない。おそろしいではないか。半分以下! これは途方もないことですよ。

 それでいて、あなたがたはきっとこの戯曲のなかで、なんらかの物語の不足を感じないはずです。どんなできごとがあり、なにが起きているのか、わたしに不手際がなければほとんど完全に理解できるはずです(できないならそれはわたしの技術的不手際です)。おそろしい。小説ってなんなんだ。そう思いませんか? たったこれだけの枚数で、あなたはどんな物語を読んだ? どんな量のものが投げられたと感じた? ね? 感じてください。ものを真剣に読むことは、そこからはじまります。真剣に書くこともまた、そこからはじまるのです。

 わたしはだいたい十年小説を書いて、そしていま小説を書くのに飽きたのです。小説にどうしても出てきてしまう自意識のようなものに飽きたのです。わたしはいまもっと簡潔で短いものにあこがれを抱いている。そのひとつが戯曲だった。そこで、一次で戯曲を書く前に、セフィさんクラさんで練習しようと思ったわけなのです。
 とはいえ、手を抜いているわけでは全くない。それどころか、ここにはわたしという存在が濃縮されているといっていい。わたしはこんなに素直に、こんなに欲望のままに、こんなに書きたいことを書くというのは、二次創作においてのみ可能だと思っています。ああ、ここは楽園のようだ。わたしの美へのあこがれと強い感情とを、わたしはここでどれだけ解き放っていることだろう。ここにはわたしの情熱を燃やすに値するすべてがある。美、愛、聖なるものへの賛美。わたしは地獄の底から、聖なるものをたたえるものでありたい。悪魔をたたえるものでありたい。

 この戯曲に、わたしはある意味なにも書かなかったけれど、きっとおわかりになると思う。わたしはそういう作品をつくりたい。井筒俊彦は、テキストを現実や事実の次元と、想像、神話の次元と、物語、説話の次元に分けたが、わたしはわたしの書くもののなかで、神話や物語の話をしたいのです。あなたと一緒に、わたしは旅をしたいのですよ。人間の存在の根元まで至る、暗く、しかし美しい道を、わたしはあなたとともに旅したい。それはともに苦しみ、いつくしみ、愛しあうことを意味します。そこに人間の生の本質が、ほんとうに必要なものと至福へ至るための道が、あるとわたしは信じる者です。

 あなたとともに旅するとき、わたしは完全になる。あなたが読むとき、わたしはあなたとともにあり、わたしが書くとき、あなたはわたしとともにある。このことを、どうか忘れないでほしい。

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 以下、この作品のクラウドさんのこと。
 宿命の女、妖婦、毒婦、云いかたはなんでもいいが、どうしてクラウドさんがこんなことになったのかというと、すべてはACのせいです。わたしのクラウドさんは、ACを観たときの、ある衝撃からうまれました。

 これ前のサイトのときから叫んでるんですが、ティファさんが、クラウドさんに「本当の家族じゃないからダメか」って云うシーンありますね。そのティファさんのセリフの最中に、クラウドさんの唇が映るでしょう。あの唇、なんだと思います? わたしには微笑というか嘲笑に見えました。見えてしまった。そしてわたしのすべてが崩壊してしまった。

 あそこでクラウドさんがティファさんをあざ笑ったとしましょうよ。そうすると、すべてはおぞましいまでの虚構になります。あの真剣なティファさんを前にして笑ったのだとしたら、クラウドさんのなにもかもがうそになる。ティファさんデンゼルくんマリンちゃんと一緒に暮らして、デリバリーサービスなんかやって働いて、いることの意味。そこに本来あるはずの気持ち、同情でも罪悪感でも寂しさをまぎらわすためでもなんでもいい、とにかくなんらかの気持ちが、人間らしい気持ちが、本来そこには働いているはずだけれど、でも、クラウドさんがあそこで笑ったとしたら、クラウドさんには、そんな気持ちなにもないことになる。
 もっと云うと、弱さやままならなさから出てくる真剣さ、必死さ、それこそが人間を人間らしくし、他者とともに歩むことを可能にするもの、そうしたものが、クラウドさんにはまったく欠けていることになる。そうすると、クラウドさんという人がなにを考えていて、どんなやつなのか、全部、全部、わからなくなってしまう。

 この衝撃がわかりますか。わたしはこのあいだ、ACを見返して、この忘れていた衝撃を思い出した。ああ、わたしのクラウドさんはここから生まれたんだ、ということを、非常に生々しく、おぞましい感情とともに思い出した。おぞましいが、そのおぞましさはどこか美しくて陶然としたものなのだ。考えてみてください。あのときのクラウドさんが、嘲笑したとしたら、その頭の中でなにを考えていたか。思いつくままに挙げてみましょう。

 こいつなに云ってんだ、なのか。
 なんにも知らないくせに、なのか。
 なに正論吐いてんだ、なのか。
 あるいは、ああ、だまされちゃって、ばかなやつ、とでも思っているのか。

 わたしはとにかく、あのクラウドさんの唇を見た瞬間に「こいつやばいやつだ」と思った。背筋が凍った。頭をぶん殴られた。わたしたち、みんな、あなたにだまされていて、遊ばれているのかもしれない。

 考えてほしいのだが、無印7で、ほんとのクラウドさんって、ほんとに出てきました? ザッくん成分もなくジェノバの擬態能力によるのでもなくセフィロスコピー・インコンプリートナンバリングなしのクラウドさんでもなく、なにもかも脱ぎ捨てたほんとのクラウドさんって、ほんとのほんとに、わたしたち、見たことがあるんでしょうか? 彼に会ったことがあるでしょうか? 彼がどんな人か、誰か知ってますか?
 ティファさんは知ってる? そうね、14才までのクラウドくんならね。でも、家は近所だけどクラウドのことあまり知らなかったってティファさん云ってたね。ふたりの思い出は、あの給水塔からはじまってるって。それって、実質なにも知らないに等しい。そこから再会するまでの7年間のことも、ティファさんは知らない。つまりクラウドさんのことをほんとに親しく知っている人はこの世に誰もいない。だからクラウドさんとティファさんのふたりは飛空挺に残ったわけでしょう、決戦の前に。帰るべき場所も、会うべき人もいないから。たったふたりの、ニブルヘイムの生き残りだから。
 ティファさんは、クラウドさんをそういうふうに見ている。そして大切な人だと思っているし、自分の鍵になる人だと思っているし、なんていうか、ティファさんの発言のはしばしに、すがりつくような感じを受ける。それはクラウドさんだってよくよくわかっていると思うのだけど、でもそのティファさんのことを、クラウドさんが笑ったとしたら? 笑えるとしたら? このぞっとするほどの冷たさとおぞましさ、わかるでしょう?

 さあ、もうわからない、わたしには。必死のティファさんのことを、クラウドさんが嘲笑したのだとしたら、なにもかも全部うそになります。少なくとも、ティファさんの前でのクラウドさんは。そしてティファさんの前でのクラウドさんがうそだということは、仲間たちの前でのクラウドさんも「みんなが思ってるクラウド・ストライフ」みたいなクラウドさんなことになってしまう。彼がそれを演じていることになってしまう。
 個人的な願望としては、エアリスさんの前ではさすがに素のクラウドさんでいてほしいが、これもわからない。わからないね。わからなくなるし、確証はどこにもない。あのティファさんの前で笑えるような男なら、なにしたっておかしくはない。

 黒マテリアをセフィロスさんに渡したとき、クラウドさんはほんとうにセフィロスコピー・インコンプリートだったか? 彼はほんとうに操り人形だったか? 誰にわかろうか? なぜ彼だけが機能したか? なぜ彼だけはセフィロスさんにたどりついたか。彼はほんとうに自己を失っていたか。どこまで? どこまで彼は意識していて、どこまで意識していない?

 わたしは怖いです。昔も怖かったけど、このこと考えるといまも怖いです。クラウドさんのあの謎めいた唇ひとつで、世界は崩壊してしまう。彼はすべての鍵を握っているのだが、その鍵を絶対に、誰にも渡さないし、誰にも見せもしない。誰も、誰一人、クラウド・ストライフがどんな男なのか知らないとしたら。そして彼が、そんな周囲の人間たちをみんな欺いて、ひとりで笑っているとしたら。

 わたしは、そういうやつ、好きだ。最低の男だけどね。そしてわたしはセフィクラ人間なので、クラウドさんの人格はセフィロスさんだけが把握していると思っている。あの星で、ほんとにほんとうのクラウド・ストライフを知っているのは、セフィロスさんだけなのだ。あとの人は、クラウドさんの手のひらの上で、自分の望む彼の幻影を見せられているだけだ。自分がこうだと思いたい彼を見ているだけだ。
 だからティファさんの前ではクラウドさんは擬似的な家族になるし、われわれ二次創作者は、自分がこうであると思うクラウドさんを追求する。でも、全部は、彼の嘲笑の前に、敗れ去り、滅び去る運命にある。そしてセフィロスさんが、ただひとり彼のことを知っていて、愛していて、真実にクラウド・ストライフであるところのクラウドさんを望んでいるこの人だけが、生き残り、彼の愛を得る。あるいは、セフィロスさんはクラウドさんの遊びにつきあってあげているだけなのかもしれないよ。そういう可能性だってある、このクラウドさんには。
 すべてを破壊し、滅ぼしつくし、嘲笑しつくしたあとで、クラウドさんはきっとセフィロスさんに向かってこう云う。
「あーあ、行こう、セフィロス」
 セフィロスさんはたぶん、笑って、うなずいて、クラウドさんと一緒に歩いて行くだろう。どこかに。どこか、次の場所に。

 さあ、ほんとうの破壊者は誰だ。ほんとうにわたしたちを苦しめ、災厄をもたらすのは、いったい誰だ。奈落の底から出てきた悪魔は、いったい誰だ。すべての人間にとって不幸なことに、この悪魔は美しいのだ。それだけで世界を破滅させるに十分だが、この悪魔は、世界を滅ぼしたくらいでは、きっと満足しないような気がする。

 ……念のためお断りしておきますが、これはすべてマスダの妄想です。ほんとのクラウドさんですか? たぶん、あなたが思ってるような人ですよ。