もしも伯爵が少佐のお城にお邪魔したら
コンラート・ヒンケルの困惑
「……お客さまでございますか」
帰宅時間がめちゃくちゃなために食事の時間も当然めちゃくちゃな主人が、珍しく早い時間から夕食にありつけている。喜ばしいことだ、不摂生は身体に悪い、スイスにおいでのお父上も実に多忙な方だったが、それでも職務の後半は第一線から退き……などと給仕をしながら考えていたので、執事は突然話しはじめた主人の、はじめの単語を聞き逃した。来週と云ったか、それとも来月と云ったか? 客が来る、というのは確かに聞いたのだが……執事は己の不注意を恥じた。
「そうだ。来月だ。休暇をとらにゃならん。おれの夏休みの消化がまだだったんで、人事部が苦情を云ってきた。法令がなんだ、おれは忙しかったんだ」
執事は同情をこめてうなった。世間がバカンスに浮かれているとき、主人が忙しかったのはほんとうだ。ひと月半、ほとんど家に帰らなかった。帰ってきたと思ったら、すこし体重を減らしているように見えた。そのあと二日ばかり休んだが、またなにごともなかったのように勤務をはじめた……ほんとうに、鉄みたいな男だ。先代もそうだったが……。
「十日も暇せにゃならんのだぞ、十日も。信じられるか。用事がなきゃあやってられん」
「それでお客さまでございますか。結構なことでございます。どういった方かお伺いしてもよろしいでしょうか。お客さまに見合ったおもてなしをするよう努めてまいりますので」
きれいに並べられた冷肉にフォークをつっこもうとしていた少佐が、一瞬手を止めた。そうしてこちらを振り向き、どこか優しい苦笑を浮かべた。執事はおや、と思った。
「派手好みで贅沢好きだ。うんと注文が多いぞ。ちょうどおれの真逆だ。おまえひとりじゃあフル稼働でもおっつかんだろう」
執事の顔から血の気が引いた。なにが休暇だ! なんという男だ。任務のためならどんなことでも堪え忍ぶ見上げた主人だが、それはあんまりだ。この主人はそういう人間が一番嫌いなのだ。
「それは……お仕事上のおつきあいか、なにか事情があってのことでございますか? つまり……」
「ああ、いや」
少佐はますます苦笑を深め、手を振った。
「プライベートだ」
「………………はあ」
執事は面食らった。