越境のゲーム
地下鉄を乗り継いで、ピカデリーまで。腕時計は午後六時過ぎを指している。通りはひとでごったがえしている。指定された店の地図を広げ、場所を確かめる。地図には、赤丸の代わりに大きなハートマークで印がつけてある。横に走り書きがしてある……親愛なる少佐どの。こちらでお待ち申し上げます。愛をこめて。ハートマーク三つ。
少佐は微笑する。任務のためならことば通り世界中どこへでも行くが、ロンドンへ出向くのは……めったにないとは云え……よそに比べて楽しみではあった。このハートマークだらけの地図をよこしたやつが、水を得た魚のように、きらめき跳ねるのが見られるので。たぶん、水中を気持ちよさそうに泳ぐ人魚であろう。あるいは、セイレーン。水しぶきをあげ、笑みを浮かべながら、楽しそうに、幾分くすぐったそうに身体をくねらせる。
少佐は足早に歩いた。待ち合わせの時刻に少々遅れていた。伯爵は待つのが嫌いではないが、手持ち無沙汰にはあまり慣れていなかった。彼を、長々と待たせておける男がいたら見てみたいものだ。どんな尊大な男だって、彼にそんなことをさせたいとは思わないだろう。待ち合わせの十五分から三十分前には現地に到着し、来てくれるだろうか、それとも、やはりこの約束はあのときの彼の気まぐれにすぎず、来てはくれないのだろうか……そんなふうに、しきりとやきもきするのが大概だろう。伯爵は実際には、約束を軽々しく反故にするような人間ではないのだが、あの気ままな、飛び回るような性格が、相手にそういう不安を生じさせずにはおかないらしかった。少佐は、その点疑う必要はなかった。それは一種の幸運みたいなものだ。なぜあの伯爵がよりによってドイツ製の鉄の塊みたいな男を好きになったのか、そんなことは誰にも、たぶん本人にもわからないことだった。でも、いまのところそれは疑う余地のない、確かなことだった。
さほど迷うことなく目的地にたどりついた。地図を見るのは得意だ。観音開きの重厚なドアが、通りを少々威圧的に見据えている。でも少佐はそれにひるんで自分の服を確認したり、立ち止まったりはしない。スーツは執事が広告並みに完璧なものをいつも揃えているし、その上のコートも、靴も同様だった。黒髪をうしろでひとつにまとめ……伯爵がそれが好きだというので……高級な仕立てのいいスーツに身を包んだ自分は、仕事を離れたところではいったいどう見られているのだろう。少佐はふと考えた。伯爵いわく、カタギには見えない、ちょっと危険な香りがして、とってもセクシー、とのこと。だがこの意見はあまりあてにならない。恋は盲目であり、いかに伯爵が男を見る目があると云いはっても、そしてそれが事実でも、多少のフィルターがかかるのは避けられない。
ドアを開くと、エントランスである。すかさず男がひとり歩み寄ってきて、決まりきったことを訊ねる。少佐は、中でひとが待っているはずなのだが、と云う。男はなぜか少佐を上から下まで眺め、納得した顔をし、それから一瞬非難するような表情を浮かべた。
「お待ち合わせでございますね、ご婦人との」
少佐は眉をつり上げた。ご婦人? そうなのだろうか? 今日の伯爵は、LordではなくLadyなのか? 少佐は曖昧に返事をし、男についてエントランスを抜け、さらに重厚で威圧的な、分厚いドアをくぐりぬけた。
真っ白なテーブルクロスをかけた円卓が、ゆったりと間隔をあけて並べられている。照明は押さえ気味で、床の真紅のカーペットがかなり黒みがかって見える。低くクラシックが流れている。それぞれの席で、各々のグループやカップルが、食事や会話を楽しんでいる。
「お待ち合わせのご婦人はあちらでございます」
男がなぜか誇らしげに示した先に、確かに「お待ち合わせのご婦人」がいた。豊かに波打つ金髪を垂らし、白いレースのカラーとカフスがついた、光沢のあるシックな黒のドレスを身につけている。ホワイトオパールとピンクサファイア、それにダイヤモンドがつらなったネックレスとイヤリングが、きらきらとまぶしく輝いている。やや丈の短いドレスの裾から、絹のストッキングに覆われた、美しいとしか云いようのない脚がきっちり斜めにそろえられて伸びている。その先端を覆っている黒いベロアのハイヒールは、金の刺繍がほどこされた太めのヒールが美しく、全体的に丸みを帯びたシルエットが愛らしかった。「彼女」はだらしなく椅子の背もたれにもたれることなく、背筋をぴんと伸ばし、お行儀よく座っている。エレガントで、そしてどことなくいじらしかった。顔は窓に向けられており、こちらから見ることはできないが、たぶん美しく化粧を施しているに違いない。少佐はもう一度眉をつり上げ、それから微笑し、「待ち合わせのご婦人」を少しのあいだドアのところから黙って眺めた。案内の男はなにも云わなかった。そうするのが当然だ、と云うように、軽くうなずき、自身もまた少佐と一緒になってご婦人を眺めた。よくよく周囲を見ていると、よそのテーブルについている男たちも、それに給仕して回っている男たちも、すきあらばこのご婦人に目をやっているのだった。少佐はため息をもらした。隣の案内係も同じようにため息をつき、首を振った。
「いやはや、おきれいな方でございます」
男は云い、ほかの客がやって来てしまったので、名残惜しそうにその場を離れていった。少佐は歩き出した。少し行ったところで、伯爵がこちらに顔を向けた。丁寧にカールされたまつ毛、濡れたようなヌードベージュの目元、つやめいたバラ色の唇は塗りこまれているのではなく上手に抜けていて、コケティッシュなようで、どこか明るい無邪気さを漂わせている。はじめぼんやりしていた顔は、少佐を見とめたとたん、ぱっと輝き、満面の笑みになった。いまにもこちらへ向かって走ってきそうだ。少佐はじらしてやりたくて、わざとのんびりテーブルへ近づいた。伯爵の横に立ち、遅れたことを詫びた。彼女……彼、否、やっぱり彼女……は少佐の首に腕を回して飛びついてきて、頬に熱烈なキスを浴びせた。伯爵のいつもの、目眩を起こしそうになるほどの官能的な香りが少佐を包んだ。
「ハロー、クラウス! もう来ないかと思った」
伯爵は女声で云った。少佐は笑って、伯爵の耳に唇を寄せ、小声で訊ねた。
「おまえ、今日はなんで女なんだ」
「君とこういうことをしたいから」
伯爵もささやき声で云い、仕上げとばかりに頬にとびきり濃厚な音を立ててキスした。少佐の頬は、当然のことながら、部分的にバラ色になった。伯爵は転がるように笑って、シルクのハンカチを取り出し、かいがいしい妻よろしくそれを丁寧に拭き取った。伯爵が拭き終わるのを、ウェイターが笑いをこらえながら待っていた。彼……彼女……の右手の薬指には、ダイヤをあしらったシャンパンゴールドの美しい指輪がはまっていた。左手の小指には、細身のプラチナリング。形のいい爪は、ヌードピンクに塗られている。無性に舐めたくなる色つやだった。少佐はシャンパンゴールドの指輪をくわえてその指から引っこ抜く瞬間のことを、早くも考えた。
席に着くと、伯爵は渡されたメニューを眺め、ワインリストを眺め、少佐に「どう?」と首を傾げて訊いてきた。食に関しては、少佐は絶対に伯爵にかなわない。彼はあちこちのパパどもに、寄ってたかって鍛えられてきているからだ……それに、あらゆる官能に向けて開かれた彼の生来の性質は、食に対しても遺憾なく発揮されていた。もちろん、少佐も家柄、それに職業柄、ひと通りの教養を積み訓練されてきていたが、主として興味と感受性の問題で、それは一般的なレベルにとどまっていた。少佐は眉をつり上げて微笑した。伯爵はふたたびメニューに目をやった。そして、右手のひとさし指でテーブルを不規則にとんとんやりはじめた。少佐は注文をはじめた。モールス信号は好きだった。三……上から三番目のワインはどれだ? ああ、こいつか……いい値段してやがるなちくしょう。善良な中間管理職従事者としてはなかなかの出費だった。でも仕方がない。伯爵は自分で云うように、金のかかる男だ。欲しいものの値段のことなど考えたこともない。でも伯爵の金のかかる部分は、世界中のあちこちにいる、それこそけた違いの財力のある男たちによって担われていて、少佐のところまでやってくることはほとんどない。たぶん、それはいいことなのだろう。役割分担の問題だからだ。皆それぞれに、自分の得意分野を駆使して伯爵のどこかを受け持ちたがる。ある男は美術品であり、また別のは宝石であり、衣服であり、美容であり、食である。エーベルバッハ少佐は? その役割については、とてもひとことでは云えない。
少佐はスムーズに注文を終えた。今日は、全体の主導権はあくまでこちらにあるらしい。当然だろう……伯爵は、一応、女であることになっているのだから。
ウェイターが下がると、伯爵は英語でいつものとどまるところを知らないおしゃべりをはじめた。ロンドンで会うことがあれば、お互い英語で話すことに決めていた……というより、いつの間にかそうなっていた。少佐は伯爵の美しい、転がり出てくるような英語が好きだった。鳥のさえずりにそっくりだ。ピーチクパーチク、大きな身振り手振りで子どもみたいに懸命に話す伯爵は、格好が男だろうが女だろうが、妙にかわいらしかった。全身が「聞いて聞いて聞いて!」と云っており、親密さと敬愛のこもったものが彼からあふれ出て、ふたりのまわりを飛び回り、駆け回る。少佐は椅子の背もたれの上に腕を乗せてリラックスし、微笑しながら彼の話を聞いた。店にいるほかの男たちも、自分と似たような目で伯爵を見ているのを、少佐は感じていた。美しい、かわいらしい、無邪気なお嬢さん。恋人に会えて有頂天。そしてそれがこちらにも伝染して、微笑ましい気持ちにならずにいられない。
こんなことをしてこんな気分になるのは、ほんとうにいつ以来だかわからなかった。誰か、自分を特別視し、自分にとっても特別である相手がいること、そしてそのひとの機嫌を取るために、またお互いにいい気分になるために、親密な感じを味わうために、どこかへ出かけ、楽しもうとする。過去にも、何人か好きになった女はいた。いいところまでこぎつけたのもいれば、特別の域に達したのもいて、体よく振られたのもいる。あるいはただすれ違っただけだったこともある。こっぴどいのはまだ経験したことがないが、これはかなり幸運な方と見なすべきだった。そのいずれも、もう記憶の奥深くにしまいこまれて、ときおりなにかの拍子にふと浮かび上がってくるだけだ。でも、そのうちのどれを引っかき回しても、こんなに全身全霊で、「好き」をぶつけてきた女はいない。全身全霊で抱きしめ、キスし、頬ずりし、愛撫し、泣き、笑い、怒りをあらわにした……本気で怒っているときの伯爵ほど美しいものはない。研ぎ澄まされて張りつめた、でも情熱的なあの顔……そういう女は、いなかった。ひとりとして。皆どこかで、なにかをおそれていた。自分も含めて。感情的になることと、自分を開くこととは、同じようでぜんぜん違う。ただ感情的になることなら誰にでもできる。でもそれはむしろ、開くのではなく防衛する。感情をあらわにして、その奥に、ほんとうの自分の問題を隠している。伯爵は違う。彼はなにも隠さない。愛していることも、大嫌いなことも、気まずいことも、恥じらいも。あらゆるものを軽やかに飛び越えて、こちらに大急ぎで走ってきて、なにもかも打ち明けて、輝くような目で愛してるよと云う。きらめいていて、喜びに満ちあふれ、美しい。愛さずにいられなかった。抱きしめずにいられなかった。誰もこんな形で、少佐を満たしたことはなかった。恋愛でとことん傷つけあうのは、自分の傷を認めていない連中だよ、と伯爵はいつだか云った。そういう連中が、自分の傷をひとにも作ろうとするんだ。同じ目にあわせてやるって。あるいは、自分の傷をわかって、って叫ぶために。ぞっとしちゃう。そういうことじゃないよ。恋愛って、そういうことじゃない。そういうことのために、特別になったわけじゃない。伯爵は悲しげな、でも不思議に澄んだ、おそろしいほど澄みきった顔をしていた。そして少佐は、彼にそういう顔をさせる過去のできごとを思った。それからどうしたって、彼を愛さずにいられないと思うのだった。
伯爵のチョイスは素晴らしかった。ふたりは食事を堪能し、アルコールがほんの少し効いた、あのリラックスした、いい気分になっていた。伯爵は律儀にずっとソフトな女声で話し続けており、少佐はそれを、音楽を聴くようにして聴いた。伯爵はその仕草まで、ほとんど完璧に女だった。誰にどう教わったのか知らないが、あるいは伯爵が男声と女声を軽々と使い分けるのと同じように、彼の一種の天稟であるのかも知れなかった。少佐は目の前の美しい、ひとりの女と対峙している自分を、なにか力強い、確かな存在のように思いはじめており、それを感じている自分に気づいて驚いた。待て待て、と少佐は自分に云った。こいつはこのドレスをめくりゃあ、男だぞ。まあ、それにナニのアレになる自分がいるわけなんだが。でも、無駄だった。少佐はすでに目の前の美しい生き物を、男として反応する部分でしか、とらえられなくなっている。これは女。でも男。不平等。でも、平等。その定まらない、あやうい境界線、少佐はそこに吸いこまれ、飲みこまれそうになっていた。とらえられ、がんじがらめになって、動けない。でも、ああ、どっちだっていいじゃないか。服をひっぺがしたときに現れる身体が、丸っこいのか、すっとしているのか、なんて。大事なのは、ひっぺがす方だ。そして、その先。
すっかり日が落ち、店は夜の、薄暗いムードを演出していた。店の中は、入ってきたときよりずっと静かになったように思われた。店の雰囲気が変わるのと前後して、あるいは同時進行で、伯爵の雰囲気もまたがらりと変わっていた。さっきまでそこに座っていた天真爛漫の、おしゃべりな子どもはもういなかった。同じ顔、同じ髪、同じドレス、けれどもそこにいるのは、一挙手一投足が官能の香りに満ちた、重たく、まつわりつくような、燃えるような目をした生き物だった。お互いの空気の中で開かれるべく待ち受け、その喜びで踊っている。その変わりように少佐はいつも新鮮な気持ちがするのだが、だからといってどちらかが演技というわけでもなかった。どちらも伯爵で、どちらも、彼そのものだった。そしていまでは、そのどちらも、真実自分のものだった。
少佐は勘定をすませて立ち上がった。伯爵もゆっくりと椅子から立ち上がった。係の男が伯爵のベージュのケープコートと黒いファーのストールを持って待っていた。少佐はコートを受け取るために身体をひねった伯爵を見て、思わず唇を歪めて笑った。表は非の打ちどころのないシックなドレスに見えたのに、その裏はというと、背中が大きく開いて、白い肌があらわになっていた。伯爵はコートを羽織りながら、少佐にちょっとからかいをこめた、完璧な、熱のこもった一瞥を投げた。
外へ出ると、来たときよりもぐっと気温が下がり、冷えこんでいた。伯爵はファーのストールをさらに首に密着させるように調整した。彼……彼女……のしぐさのひとつひとつが、もう無意味でありきたりなものではあり得ず、熱を帯びてこちらに働きかけ、身体の奥の、どろりとした部分を優しく撫で、かき回していた。傾けられる首の角度、揺れる髪、漂ってくる香り、なまめかしく動く指先、まばたき、呼吸。少佐はそのすべてにこめられたものを受けとり、味わっていた。入り口のドアのところにはまだあの案内係の男が立っており、伯爵を遠慮がちに、しかし追いかけるような目で見つめながら、彼……彼女……がストールを直し終えるまでドアを開けていた。タクシーが呼ばれて、待機していた。ようやくストールの具合に満足した伯爵が男に礼を云い、good nightと云って小さく投げキスをした。男は呆けたような顔で、ふたりを見送った。
伯爵が有名なホテルの名前を告げた。タクシーのドアが閉まると、伯爵の腕が少佐の腕にからまってきた。身体が密着し、伯爵の頭が少佐の肩に置かれた。巻き毛が首にあたった。あの香りがした。少佐は鼻先で巻き毛をかきわけ、たどりついた耳に、もう寝に帰ってもいいのかと訊ねた。
伯爵は微笑んで、この日はじめて少佐の唇にキスした。
バックスフィズマーマレード、レモンカード、キャラメル、フランボワーズ、定番のストロベリー。伯爵がジャムの瓶から直接あちこちの指で絡めとり、差し出すのを、少佐は丁寧に舐め、味わった。ポリッシュが塗られた、つるつるした爪の感触がどことなく知的で好ましかった。伯爵の指は好きだった。細長く、繊細で、この指先でありとあらゆることをやってのけるのだと思うと、なぜか少しみだらな気分になった。バックスフィズマーマレードの味がする親指……男性的な力強さと知性。レモンカードのひとさし指。彼の愛。一番器用な指。鍵をこじ開け、探り、つつき出す。もちろん、たっぷり愛情をこめて撫でることもできる。キャラメルの中指。ちょっと卑猥な子。フランボワーズの薬指。セクシャルな魅力にあふれた存在。そこにあったシャンパンゴールドの指輪を、少佐はゆっくり引き抜き、吐き出した。ストロベリーの小指。甘ったれた子ども。
ソファのまわりには果物と砂糖の香りがたちこめている。ローテーブルの上にもらいものというジャムと蜂蜜のセットを並べ、伯爵は楽しそうに一本ずつ指を差しだしてくる。彼の目が、喜びと官能とで濡れたように輝いている。黒のドレスをまとい、化粧をしたままの姿で、指をしゃぶられ、舌でなぞられるたびにくすぐったい笑い声をあげる。すべてのジャムをひと通り食べさせ終えると、伯爵はくすくす笑いながら、少佐の唇に音を立ててキスした。少佐はさっきから、大きく開いたドレスからのぞく背中に触れたくてたまらなかった。ジャムで遊んでいるあいだそれは許されていなかったが、いまなら触れてもよさそうだった。少佐は伯爵にキスを返しながら、背筋にそっと指を這わせた。なめらかで繊細な手触り。伯爵の唇が持ち上がった。ストッキングに覆われたままの脚を動かして、じりじりと少佐の身体に巻きつけてきた。密着が深まった。少佐は空いている方の手でそれに指をすべらせた。ストッキングの感触は知っていたが、触るのは久々であるような気がした。彼はいたずら心を起こして指を徐々につけ根の方へすべらせていった。ふくらはぎから膝へ、それから太股へ。ドレスの裾をかきわけ……少佐の手が止まった。古きゆかしきガーターベルト! 伯爵は細部までぬかりなかった。パンティストッキングなどという色気もへったくれもないしろものを開発し、販売したやつは地獄へ落ちてしまえ! あれは興ざめだ。忙しい女性の時間を節約してくれるかもしれないが、あんなものを着用しているところを見せられた日には、男は萎えるよりほかはない。
伯爵の唇がまた持ち上がった。少佐はそこから唇を離した。
「やるならとことんやらないとね。ひと口にストッキングといったって、あのつながったやつなんて醜くて、最悪だよ」
伯爵はもういつもの彼の声に戻って、ちょっと唇をつきだして云った。
「そりゃその通りだが、おまえ、ようやるなあ」
少佐は感心したように云った。ふたりはちょっと笑った。
「このストッキング、脱がせてくれる? 履き心地、あんまり好きじゃないんだ」
伯爵がなにかを期待する顔で、少佐を見、微笑した。ゆっくりと持ち上がった唇のバラ色は、もうほとんど取れてしまっていた。少佐はガーターベルトのところで止まっていた指を動かして、留め具を外した。伯爵は少佐の身体に猫のしっぽみたいに巻きつけていた脚をほどき、ソファの上に横たえた。少佐は微笑し、膝の後ろに手をあてがって全体を持ち上げた。ドレスの裾が、太股のつけ根まですべっていった。履いている下着はシルクの黒。レースで飾られていて、たぶん、サイドが紐のタイプだ。あとでそれもほどかないと。まったく手間がかかって、忙しい。
伯爵の脚を膝を立てた状態で置き、ストッキングと素肌のあいだに指をすべりこませる。絹のストッキングは繊細だ。ゆっくりと手をすべらせ、少しずつ剥かれてあらわになる皮膚に口づけ、手の動きを追いかけるように唇でたどる。伯爵の脚は長く、細く締まって美しい。この脚があの風のように駆ける力をうちに秘めているのかと思うと、口づけ、甘噛みし、舌で触れずにいられない。伯爵の手が優しく頭を撫でている。髪をまとめていたゴムが取り払われ、黒髪が広がる。伯爵はそれを優しく梳いた。ストッキングを落としながら膝の丸みにキスし、ふくらはぎを吸い上げ、足首まで行ったところで、黒のベロアのハイヒールの登場だ。かかとの部分に手をかけると、それは待ちかねていたようにするりと抜けて、つつましく隠していた足を目の前にさらした。爪の色は手の指と同じヌードベージュ。足の薬指と小指に、ごく小振りなサファイアとダイアモンドが埋めこまれた小さな指輪がはまっている。まずはストッキングをひっぺがし、指の一本ずつにキスした。足の指は長く、指先が丸みを帯びてかわいらしかった。定期的なフットケアも欠かさない伯爵さまは、足の爪まで美しく、足裏の皮膚も柔らかかった。
「またジャムが必要?」
伯爵が身体をかがめ、少佐の耳元に唇を寄せて囁いた。くすくす笑いが彼の耳を羽根先で撫でるように刺激した。
「んなことしたら糖分の取り過ぎだ」
少佐は云ったが、伯爵はテーブルから瓶を取った。今度は蜂蜜。彼はそれをまた指先ですくい、ちょっと自分で舐めてから、蜂蜜をたっぷりからめとった指を自分の足先へ持っていき、下へ向けた。ゆっくりと、蜂蜜が流れ落ちはじめた。足の甲を伝い、指先へ流れこむ。少佐はそれを大変興味深く眺めた。
「蜂蜜は砂糖を使っていないからね」
伯爵はくすくす笑いをやめずに云った。少佐は納得し、指の隙間からソファにこぼれそうになっているのをあわてて舐めとった。
「おいしい、この蜂蜜」
伯爵は自分の指を舐めて云った。少佐もそう思った。すがすがしい花の香りがして、独特のこくがある。
「一匹の蜂が一生かけて集める蜂蜜の量って知ってる? ティースプーンに一杯。たったそれっぽっち。でも見て、わたしたちときたら、蜜蜂の一生をかけた仕事を、こんなことで浪費してる」
少佐は伯爵の小指からリングをくわえて引っこ抜くところだった。引き抜いたリングをソファのどこかに吐き出し、おそらくいまの間に、確実に蜂二匹ぶん以上の一生の仕事を腹の中におさめてしまったに違いないと云った。伯爵は笑った。
「なぜわれわれは、すべての被造物の奉仕を受けるのであろうか……わたしの愛するジョン・ダンが云ってる。四百年も前にね。ねえ、わたしたちって、いろいろなもののけなげな犠牲によって生きてる。さっき食べた魚や牛、わたしのストールのために殺されたに違いないミンクちゃん、君が脱がしてくれたストッキングに使われていた蚕の糸、人間に蜜を届けるために、一生働き回る蜂。そういうことにいちいち敏感になってしまったら、生きていけないよね。わたしたちは、そういうけなげな生き物たちの愛のゆえに、この世の中に生まれたんだって考えたことない? わたしはある。だからね、わたしたちは、自分をうんと大事にしなくちゃいけないんだよ。だって、自分を大事にすることは、そういう生きものたちの愛と努力を大事にすることでもあるんだもの。わたしが喜びに燃えるとき、わたしの血となり肉となった、そういうほかの生きものたちの細胞も、燃えているんじゃないかって……なにが云いたいかって、別になにもないんだけど、わたしたちを生かすのは、ほんとに無償の愛だなあって、思うんだよ。わたしたちはいつもそれに包まれているなって。君とこうしているとき、わたしはそれをとても強く感じることがある。静かな喜びと幸福の中で。……ごめん、変な話しちゃった。キスして」
少佐はキスし、もう片方の足から、同じように時間をかけてストッキングを脱がした。ついでに下着に手を伸ばしたら、拒絶された。それはまだだめらしかった。少佐は謝り、気分を害した伯爵をなだめるために巻き毛にキスし、場所を変える提案をした。これは受け入れられ、くすくす笑いながらこちらの首に腕を巻きつけてしきりに顔中にキスしてくる伯爵を、手こずりながらほとんど抱えるようにしてベッドに連れていった。伯爵はご機嫌だった。ベッドの前で立ち止まり、相変わらずくすくす笑い、ベッドに転がっていた、どこへ行くにも一緒の相棒のテディベアをそっと抱き上げて、母親のように優しく、窓辺に置かれていた椅子の上に移した。少佐はついていって、伯爵の背後から腕を回し、巻き毛をかきわけて首筋に鼻先をあてがった。窓のカーテンは引かれていなかった。窓ガラス越しに、月明かりがぼんやりと差しこんでいた。伯爵が首を傾け、目を閉じて嘆息した。そのため息で、子どもっぽい遊びを放擲した、より鮮烈で重みのある、情熱的な時間へ通じるドアが開かれた。
金の巻き毛を首から前へ流して、うなじに口づける。大きく開いたドレスから悩ましげに見えている背中を舐めてみたくてたまらなかった。その許可はもう下りたのだ。少佐は伯爵の耳や首に唇を寄せながら、服のボタンか、ファスナーか、とにかくなにか、こいつをひっぺがすための手がかりを探した。
「ボタンはカラーの奥。レースを持ち上げて……そうそれ……」
見かねた伯爵が首をひねって、少佐の耳に優しく囁いた。少佐は黒いつやのある、おそらくは黒珊瑚でできた丸いボタンを見つけだし、外した。レースのカラーはボタンでドレスにとめてあったので、それも外した。ようやく悩ましげにちらちらしていた背中が広くあらわになった。少佐は首から背筋に向かって口づけ、吸いあげ、指と舌を這わせ、鼻を押し当てて肌の匂いを堪能した。伯爵はうっとりと目を閉じて、少佐の髪に指を差しこみ、優しくさすったり強くつかんだりした。やがてそれがネクタイへ伸びてきて、結び目を器用にほどきはじめた。それから第一ボタンへ。
「ねえ、クラウス」
伯爵はほとんど息だけのような声で、囁いた。
「これ、やりにくい」
少佐は微笑し、伯爵の身体に回していた腕を解いた。ベッドまでゆっくりもつれるように歩いていって、純白のシーツの上に腰を下ろした。またキスからやり直しだ。そうしながら、伯爵はどこかかいがいしい仕草で少佐のネクタイを取り去り、ボタンをひとつずつ外した。少佐は伯爵の身体にしつこくまつわりついていたドレスの肩を外し、引き下ろした。素肌の上に、ネックレスだけが残った。それはあとあと邪魔になるまでとっておくことにした。伯爵の指がベルトにかかった。君、どうしてずっと、初任給で買ったベルト使い続けるのさ、と伯爵が訊ねてきたことがある。ものがいいからだ、と少佐は答えた。ドイツの職人の仕事は信頼できる、大事に使えば、百年たったって壊れんのだぞ。伯爵はうわお、と云った。人間の方が先にくたびれちゃう。でも、君の革のベルトは好き。
そのベルトがはずれて、どこかへいった。少佐は伯爵のつつましい喉仏に口づけ、鎖骨を食んだ。スーツの下もどこかへいった。少佐は満を持して、一度拒絶された黒い下着の、結ばれたリボン部分に手をかけた。今度は拒まれず、それは誘うようにゆらりとほどけた。その下に、古典的なガーターベルト。こいつの外し方くらい知っている。少佐はホックを外した。ふたりはめでたくそろってベッドに転がった。靴下がふたつ、あわてて少佐の足から取り払われ、どこかに放り投げられた。
お互いの肌を探りあい、確かめあい、口づける。女もののドレスの下からあらわれた伯爵の身体に、脂肪質のやわらかさと丸みはない。彼は男だ。けれども美しい。女のような繊細さと優雅さが、男の身体の奥に内包されている。花開き、香りをまき散らし、歓喜に震え、息絶える、そういう情熱的で激烈ななにか、それが彼の内側にも存在している。少佐はその香りをすべて吸いこみたいと思う。その行程に、その波に、ともに乗りこみ、揺さぶられていたいと思う。伯爵は、女に生まれるべきだったろうか。彼の感性と流れる血は、彼のエクスタシーを導くものは、男性的なそれではあり得ない。彼は感じ、快楽を与えられ、揺さぶられ、受けとめ、陶酔し、爆発する。切り開くよりも、与えられる。すべてのものが、彼の皮膚に触れ、彼の唇を、髪を愛撫し、その美しさを讃え、彼を官能の中へ導く。彼はそれに身を任せるひとだ。そこで感じるもので動く人間だ。衝動的で、感情的。なまめかしく、燃えるような情熱。それが男性の肉体に宿るとき、力強く妥協のない肉体に宿るとき、もしかすると、この世でもっとも美しい生き物が生まれるのかもしれない。彼のような。少佐はもう、男だとか女だとかいう分類が、どうでもよくなっている自分に気がつく。ただその美しさを欲する。その身体に火をつけ、燃え上がらせ、歓喜と快楽の中へ、彼がもっとも美しく開かれるその場所へ、導き、導かれ、もつれあってたどりつく。それだけを。
少佐はその身体の隅々に唇と舌と手で触れた。伯爵は丁寧な愛撫に顔をほころばせ、口づけと、同じように丁寧な触れ方とで応えた。伯爵がふいに動きを止めた。少佐も彼に施していたあれこれを止め、伯爵を見た。彼が起き上がりたそうにしているのを感じて手伝った。伯爵はゆっくりと身体を起こし、ベッドの上に座る少佐の脚の上にまたがって、首に腕を回した。青い目が面白そうにきらめいていた。少佐は首を傾け、肩をすくめた。伯爵はゆっくりと目を閉じ、唇に熱烈なキスをし、顎と、喉仏と、そこから一直線に続くライン上に柔らかく、しっとりと口づけ、徐々に身を屈めて下へ下へ降りていった。少佐は彼がどうしたいのか知っていて、巻き毛に指をからめて遊んでいた。
弾力のある唇が先端に触れる。そこへゆっくりと口づけ、舌で周囲を舐め、あちこちをたどり、また口づけ、吸いあげる。ひと息にくわえるような品のない……というより面白味のないことを、伯爵はしない。彼はいつも楽しんでいる。少佐も楽しんでいる。巻き毛がせっかくの景観を損なっていた。少佐は伯爵の、まだ豪奢なイヤリングがついたままの耳につやめいた髪をひっかけ、片側へ流した。それはおとなしく云うことをきいて、さらさらと伯爵の背中へ流れていった。
さんざんにじらされてようやく到達した口内の湿り具合、温度、皮膚の感触、少佐はそれをじっくり感じていた。どこかあやすように、なだめるように、優しく頭を動かす伯爵は美しかった。少佐は満ち足りた快楽を味わった。伯爵の頬を撫で、唇を離すように促し、それに素直に従って身体を起こした彼は、たっぷり期待をこめた目で少佐を見つめ、少佐ごしに腕を伸ばしてサイドボードからローションの瓶を取った。どろりとした、すばらしく官能的な香りのするやつだ。伯爵はかいがいしく世話した。少佐はそれでべたべたになった手で、背筋に沿って優しく指を滑らせた。伯爵はその少しひんやりした感触に、あるいはひとつの予感に少し身体をふるわせた。
指先で探り、ゆっくりと撫で、伯爵の開いた唇にキスした。じれたような声がした。少佐は指先を押し進めた。ゆっくりとひねるように動かして、伯爵がその感覚になじむのを待った。彼がうっとりとため息をもらした。優しくもう一本指を差し入れ、中を探り出した。満足げに微笑む伯爵は艶やかで魅力的だったが、同時にひどくかわいらしかった。
伯爵が熱をたっぷりこめて、とんでもなく卑猥なことを囁いた。完璧な、上品そのものの英語で。昔伯爵の城に勤めていた、おっかなかったという昔気質の執事が聞いたら、たぶん心臓麻痺を起こして死んでいただろう。少佐のところの執事だってぶっ倒れて、一週間くらい熱にうなされるかもしれない。少佐はというと、それを受けて自分の中になにかが燃え広がるのを感じた。伯爵の目の中にも、なにかが燃えていた。少佐は指を引き抜き、伯爵にキスした。丁寧な愛撫というより、ぶつけあうような口づけだった。伯爵はそれに喜んで、いささか興奮して応えた。ふたりはまたベッドに転がった。
伯爵は熱く、けれども柔らかく彼を迎え入れた。少佐はその、小刻みにかすかに収縮する感じと溶けそうな温度を、しばらく黙って味わっていた。伯爵も自分の内側へやってきたものを、じっと感じているようだった。それから、ゆっくりと動き出した。性急さと衝動を殺すこと、感覚のひとつひとつを立ち止まって味わうこと、そのほんとうの意味を、少佐は伯爵に教わった。ものごとは、先へ進むってだけじゃないよ、セックスは本能じゃない、人間の場合はね、それは芸術的な試みだよ、わかる? 伯爵は以前そう云った。少佐はわかるような気がする、と云った。戻り、滞留し、進み、止まる、時間は、もっと自由なものであるかもしれなかった。伯爵の官能的な力に導かれ、たどりつく場所で、少佐はいつもそれを感じた。あの、なにもかもが溶け去るような場所で。肉体も、あるいは精神も……存在とはもっと自由なものであるかもしれなかった。満ち足りて、喜びにあふれたものであるかもしれなかった。そのさざめくような感覚が自分の中へ入りこんでくるのを、少佐は感じた。
没頭しながらも、伯爵のちょっとした変化を敏感に感じ取る。表情、声、そして内側の、些細な変化。ほころび、開かれ、満ちあふれる彼の静かで、でも劇的な、美しい変容を、羽化するようなその色と輝きに満ちた広がりを、肌で感じる。それがまた、少佐の脳髄を、身体の奥深くを刺激する。からみつく腕や脚が粘膜かなにかのようだ。ふたりは這いずり回る盲目の、ひとかたまりの生きもののようだ。でも伯爵は美しい。少佐の下で、いまにも美しく羽を広げそうだ。その顔が緩み、陶然としたものになってきたら、もう扉は全開で、一直線の道が、少佐の前に開かれている。彼はそこを、確信を持って、力強く進む。進軍? でもそれは無粋な足でどたどたと進むような道ではない。大地は柔らかく、湿って豊かな香りを放ち、空気は夜の深さで、すべてのものが開花の爆発的な予感に満ちて息をひそめている。
乱れた呼吸のあいだに、目を開け、見つめる。目の覚めるような青い目とぶつかる。それはうるんでいる。熱を帯び、もう焦点が合っていないように見えるが、底の方はおどろくほど優しい。まるでまどろんでいるかのように。金のまつ毛がふいに数度折りたたまれてふるえ、巻き毛がシーツにこすりつけられ、鼻にかかった声が呼気とともに吐き出される。シーツの上で、蛇のようにくねる巻き毛が美しい。快楽に深く身を任せそこに浸っている顔が美しい。眉を寄せ、半開きの唇が、ときどきぎゅっと結ばれる。そしてまた開かれる。
美しい腕が頭から背中にかけてを切なげに行き来している。名前を呼ばれる。何度も。そうして頂点に達し、波が引いていく。静かに。
いつもの時間に目覚め、身支度をする。顔など見たくもないおやじどもとの腹の探り合いが待っている。バスルームを出て、寝室へ。伯爵はまだ眠っている。満たされた、幸福そうな顔で。夜を過ぎて朝になるたび、彼は羽化し、この世に生まれ落ちてくるのだと少佐は思う。はぐくまれ、包まれた眠り。その手から滑り落ちて、この雑然とした、やかましい世界へやってくる。少佐はその幸福な眠りを、羽化への準備を、さまたげたくなかった。自然にそのときがやってきて、青い目が開かれ、優しいくすくす笑いがはじまる、そしておしゃべりがはじまる、それを見ているのが好きだ。だからほんとうは起こしたくないし、出かけたくもない、でも、黙って出て行くと怒られる。少佐は実に悩ましかった。伯爵がもう少し早起きで、あと少し規則正しい人間であってくれたらよかったのに。でもそんな伯爵は、たぶん伯爵ではなかった。あきらめて、頬を軽く叩くと、伯爵は息を漏らし、ぼんやり目を開けた。
「行っちゃうの?」
寝ぼけているときの伯爵は、いつも子どもみたいだ。目つきも仕草も、小さな子どもみたいに頼りなく、はかなげだ。それが不思議でならない。昨夜の伯爵と同じだとはとても思えない。少佐は微笑して、窓辺の椅子からテディベアを取り上げ、彼の腕の中に押しこんだ。伯爵はそれを抱きしめて、鼻を鳴らした。少佐は彼の巻き毛を撫で、頬を撫で、額にキスした。
「いい子で寝てろ」
伯爵はおとなしく目を閉じた。しばらくすると、静かな寝息が聞こえてきた。少佐はしばらくその寝顔を見ていた。そうして寝室を出て行った。数時間後には、できれば一度戻ってきて、伯爵が元気よく目覚め、笑い転げているのを見たかった。そしてそのさらに数時間後には、彼がまた同じベッドの上で、恍惚に満ちてゆくさまを、じっくりと見たかった。