翌日の昼前に、エルゼが顔を輝かせて細君のもとへやってきた。放蕩息子が、ついに帰還したのだった。
 その午後、港では船に乗りこむ例の美女の姿が見られた。彼女はあいかわらずひげづらの従僕らしき男をひとり連れていて、容姿からというより生まれからくる自信にあふれていた。彼女は輝かしく、まぶしかった。ヘルツベルクが見送りに来ていて、この女性に感謝のことばをしきりに述べていた。船着き場には、アルフォンスも来ていた。そうして彼女が船に乗りこむ前に、あたりをひとわたり見渡したとき、目があった。彼女は知った顔を見つけ、にっこり微笑んだ。アルフォンスもおどおどと微笑を返した。すると、彼の予想に反して女性が近づいてきた。
「最後にお会いできてうれしいわ。あなたとあまりお話ができなくて、残念に思っていましたのよ」
 八百屋の息子は一瞬、打たれたように立ちすくんだ。驚きに見開かれた目は、やがてほころび、歓喜をおび、さらに自信をおびたものへと変わっていった。
「アルフォンスといいます」
 彼はしっかりと彼女の手を握った。
「あのときは名乗りもせずに、失礼しました」
 彼女は微笑し、首を振った。
「いいんです、お忙しかったんでしょうから。アルフォンスさんとおっしゃるのね。優雅なお名前だわ。あなたにお似合いだわ」
 彼女は名乗り返した。アルフォンスはそれを、頭の中へ刻みこんだ。
 彼女が船に乗りこもうとすると、船員がうやうやしく手を差し出して手伝った。彼女は礼を云い、その親切を受けた。
 彼女を乗せた船が、港から離れていった。アルフォンスはずいぶん長いこと、あとに残って見送っていた。

 

 さらに次の日には、エーベルバッハ少佐がついに休暇を終え、故郷へ帰ることになった。船を待つあいだ、細君は少なくとも十ぺんはハンカチを取り出して目もとをぬぐい、ヘルマン老人はそのたびに妙な顔をして、「ばかやろう、ばかなやつだなあ、二度と会えねえってんじゃなし、泣くこたあねえだ」と涙声で云った。
 知り合いの漁師たちもみんな来ていた。彼らは漁の成功を祝うときの歌を歌い、乾杯して、少佐を祝福した。何人かは半ば酔っぱらっていた。そうして、少佐にすがりついて、ぜひ近いうちにまた来るようにとか、きみがいないと荷揚げがつらいとか云ったりした。
 かなわぬ恋連盟の乙女たちも、こっそり来ていた。彼女たちは遠巻きに少佐を見守って、ため息をついたり悲しみに暮れたりした。
 盛大な見送りを受け、細君がこさえた弁当と特大のバラの花束を抱えてて船に乗りこみ、町のひとたちから離れると、少佐は正直なところほっとした! やれやれ! 田舎の人間は、純朴で感情表現が率直すぎる! 都会人を自認するエーベルバッハ少佐は、そういうことにあまり慣れていないのだ。少佐はかなり、くたくただった。しかし、それでも、かなり満足してもいた。
 遠ざかる陸地を見つめながら、少佐は微笑した。あの町のすべてのものどもに、さいわいあれ!

 

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