反逆児とぐずぐず屋

「閣下はさ、正直云って、もう腫れ物なの。あんた並みに。わかる?」
 ああ、その気味の悪いブタのぬいぐるみには触らないほうがいい、クラウドが大事にしている、とセフィロスが云ったので、ザックスはあからさまに面白がった。
「あいつこれ好きなんだよな? ブタがさらに気持ち悪くなってるキャラクターなんてかわいそうすぎて同情しちゃう、とか云って」
「理由は知らない。おれも気味が悪いとは思うが、好みはひとそれぞれだ」
「まあね。じゃなくて」
 ザックスはブタをもとの棚の上に戻した。この部屋は、ぜんぜんセフィロスの部屋らしくない。どちらかというと、相当にクラウドらしい。ものがたくさんあって、ちょっと散らかっていて、寂しがりで甘えたいやつの典型的な部屋。おかげでなんだかセフィロスの居場所がなさそうに見えるが、彼はちゃんとここで暮らしている。たぶんクラウドに、相当好きにさせているのだ。信じられない。このボスが。もともと、要求を拒絶しないひとではあったけれども。でもこんなにわがまま放題を許すひとだとは思わなかった。さすが閣下だ。態度からして大統領風を(そんなものが正式なことばとしてあるかどうか知らないけれども)吹かせているだけある。
「閣下の話だよ。なんのためにあいつがいないあいだに来たと思ってんの。こんなことあんたに云ってどうしろってのって感じかもしんないけどさ、閣下、まじ腫れ物なの。正直もうどこも持て余し気味。あんたんちの子だからね、なんつっても。おれは別にそんなのどうだっていいけど、世の中そうじゃないからさ。いくらあんたがここ数年、引っこんでぜんぜん出てきてないとしても、あんたのネームバリュー、まだ効果絶大だから。だからみんな、閣下の扱いに困ってる。閣下は閣下で、勝手にしろよって顔してぜんぜん歩み寄る姿勢ないし。嫌いなんだろうなって思う。神羅のこと。軍のこともね。あいつ流の嫌味なのかもしんねえって思うときある。軍にまだいる理由。やれるもんならやってみなって顔してるからさ、上官にも、誰にでも。あいつまじさあ、あの態度悪いのどうにかしたほうがいいよ。今後もうちの中で生き残ってくつもりなら。そういうことだからさ、こっから先ボスへの相談ね。閣下、おれが直接もらおうかなと思って」
「直接?」
 長話をじっと聞いていたセフィロスがわずかに首を傾けた。
「そ。おれ付きの子にする。おれの秘書がわり、おれのパシリ、雑用、いろいろ。てか、ない頭フルで考えたけど、解決方法これしかない。あいつもう完全居場所ないもん。どういう神経してんのかわかんねえ、まじで。よく平気で毎日出て来れんなって思うわ。ちょっと感心する。あいつがいいならいいんだけどさ、おれの神経もたないわけ。このまんまじゃ、ぜったいあいつまたなんかやばいことに巻きこまれそうだし。えこひいきって云うなら云えってのよ。否定しねえし、だいたいもうそういう次元じゃねえもん、あんたの名前出てきたときから。ってわけで、そうしていいっすか? ボス」
「それはおれに相談することなのか?」
「うん。そう思うよ。はっきり云うとさ、セフィロス、あんた、いい加減自分の身の振り方考えてちょ。たぶん閣下はあんたが腹くくって動かないかぎり動かないとかそういう考えなんだと思うわけ。あんたがまだ一応軍のものってなってるかぎり、とことん内部で反逆し続けるつもりなんだと思う。こないだ小耳に挟んだんだけど、閣下、誰かにセフィロスってどんなやつだって訊かれて、ただのおっさんって答えたらしいよ。云われたやつ、かんかんだったっつってた。あんたのこと敬愛してんだって。あいつまじさあ、野生の反逆児だよな。ちょっとかっこいいわ。そりゃどうでもいいけど、おれ、去年閣下のふるさと凱旋ツアー組んだときに、もうこれで最後でいいじゃんっつったよね? 完全引退、しなくてもいいわけ? おれらのためなの? おれはいいよ、もうあんたいなくて。みんなもさ、ほとんど、あんたのこと諦めてるからさ。大規模な戦争もなし、傑出した英雄のいる時代は終わったってね。もう、あんたが釣るための餌にならないって、おれこの三、四年でなんとか上に納得させてきたつもり。あんたがまじで反乱起こしたら、うちの軍なんかたぶんぺしょって潰されるしね。まあさ、この先どうなるかなんて、わかんねえよ。でも、すくなくともあんた、もう自分の肩書きお役ごめんにしてもいいと思う。それがおれの、つうかおれらの考え。おれらって、軍でいうあんたの身内のことよ。みんな、あんたが好きで軍隊になんか所属してるわけじゃないってわかってる。いい? おれ云ったよ? だから今後のことは完全あんたが決めることだから。閣下のこともあわせて」
 セフィロスが難しい顔をしている。一気にしゃべりすぎたような気がするけれど、ザックスはこれでいいと思った。セフィロスは実際、とてもいいひとなので、自分から飛び出したくせに、最終的にはこちらからかなり強く押し出さないと、きっと完全には抜けられない。たとえばどこかで大規模な戦闘があって、自分が不在にしていて、大量に死者が出たなんてことになったあかつきには、たぶん死ぬまで後悔するのだと思う。ありがたいことにいまのところセフィロスが出動しなくてはならないような事態にはなっていないけれど、後悔するセフィロスなんてものを見るのは嫌だし、そういう可能性を考えていたらいつまでたってもセフィロスは軍から離れられない。結局のところ、セフィロスは自分で自分を自由にするには、考えすぎる。どこかで振りきれない。責任放棄が好きなのを自称しているくせに、そして責任嫌いの人間によくあるように、最後には自分の意志より責任のほうを選んでしまう。そうしてますます責任嫌いになる。どこまでも自我を通せない。通すことに、意味も感じない。けれども、人間として、自分が自分であることの最後の一線でそれをやってのけてしまってはだめだ。そういう人間もいるけれど、そしてセフィロスはそこを飛び越えても潰れずに生きられる稀有なひとだけれど、そういうことは、ほんとうはしてはいけない。ひとはそういう形で生きるべきではない。なによりも、自分であること。それが人生の基本なのだから。
 だから。だから、クラウドみたいな天下の反逆児がセフィロスといっしょにいるのは、いいことだ。クラウドはいつだって自分を放棄しないし、いざとなったらなんでも捨てられる。仕事だろうが友だちだろうが、なんだって振りきれる。たぶん、セフィロスのためなら。だからクラウドはひとりでどこまでも戦う。セフィロスのために、ひとりぼっちの彼と同じ痛みを感じるために。セフィロスだってそれには気がついているはずだ。このままいったら、きっといずれなにかおおごとになって、それでセフィロスが重い腰を上げて引退を敢行するようなことになるのだろうけれど、ザックスとしてはそこまで切羽詰まった状態になってからふたりを追い出すのは、ごめん被りたい。敬愛するボスは人生の前半が波乱万丈すぎたので、後半くらいはつつがなく過ごしてほしい。
「ま、そゆことなんで。考えといてね」
 そう云ってにっと笑いかけてみせる。セフィロスは苦笑して、なにも云わなかった。たぶん、彼だっていろいろ考えているのだろうけれども。でも、いかんせん考えすぎる。クラウドはクラウドで短気なくせに変なところで我慢強くて、自分が針のむしろの中で日々過ごしているなんて、セフィロスにだけはぜったいに云いそうにない。だからザックスはちょっと、はっぱをかけるべきだと思ったのだ。たぶん、このふたりのことが好きだから。いつまでも変な泥沼に脚をつっこんでいないで、さっさと抜けだして、好きに生きるべきだ。田舎に行こうが、都会にとどまろうが。好きにやるべきだ。
「そういやさあ、ぜんぜん話変わるけど、閣下の父ちゃんって見たことある? 新しいほうの。なんつったっけ? あのえらいややこしい名前の。名字もすごいけど。なんかさあ、こないだ閣下が父さんに送るとか云って服買ってたんだけど、おれと好みがえらいかぶるのよね」
 もう云いたいことは云ったから、ザックスはいつもの果てしない世間話に突入することにした。真面目な話をしたあとは、ちゃんとくだけた話をして、バランスを取るべきだ。これはもう彼の信条だ。人生は、どちらか一方だけじゃつまらないから。
「見たことはない。写真があるらしいが、見せてくれない」
「やっぱし? なんかさあ、気になるんだよ。服の趣味かぶるって結構だろ? もしかしてそのひとおれ似? だったらなんかちょっと面白いと思って」
「……可能性はある」
 セフィロスはしばらく考えこんでから、ふいに微笑した。
「おまえは友だちじゃなくて、父親だったのか?」
「ああ? そういうのあり? やだよおれあんなむかつく息子ほしくない。あんたよくやるわ。おれ、あんなのと毎日いっしょなんてぜったい無理。つうかさ、閣下喧嘩してうちに逃げこんでくんの、あれやめさしてくんない? 自分ちの子くらいちゃんと教育しようよ」
「無理だ。あれは誰よりもおれの云うことを聞かない」
 どういう恋人どうしだ、ばかやろう。と云いたいのをおさえて、ザックスは部屋を出た。セフィロスが玄関まで見送りに来て、実に心のこもった視線を投げた。口で礼を云うかわりの。男どうしなんて、そんなものでいいのだ。男の約束や信頼や感謝は、ことばなんかでは到底云いあらわせない。そんなものは、相手のそぶりでわかるのだ。それをちゃんと受けとって、あとは流す。そういうのをいつまでも持っているのは照れくさいし、女々しい。おれっていいやつだな、とザックスは思う。実に友だち想いだし、上司想い。そいつらのためにちょっとまじめに頑張ってしまう。でも当然のことだ。ふたりともいいやつだから。そいつらのために、死んでやる、責任は全部しょってやるくらいできる程度には、いいやつらだから。
「……あ」
 ザックスはバイクをまたいだ瞬間にあることを思い出して声を上げた。
「閣下、もうちょいで十八じゃんか」
 それはつまり、ミッドガルにおいては成人になるということを意味するわけだ。酒が飲めるということで、いかがわしいことが平気でできるようになるということで、結婚できるということだ。ザックスはとてもいいと思った。いろいろなことが、とてもタイミングよく運んでいるような気がした。それがなんなのか、よくわからないけれど、いいときにひと区切りつきそうだった。クラウドは前々から、十八になったらおれ、おしまいだ、おれの若さとかいろいろ、もう引退ものだよ、などとぶっ飛ばしたくなるようなことを云っているけれども。十七までが浮ついた青春で、十八からはもう地に足つけないとだめだよな、だって母さんがおれのこと生んだ歳だし、おれもいろいろ考えなきゃ、とも云っていた、そういえば。ほんとうになにかの拍子に、つぶやいただけだったけれど。
 もしかしたら、クラウドはこちらが考える以上に考えているかもしれない。もうすぐ十八になる自分のこと。それから、ちょっと考えすぎるセフィロスのこと。彼を取り巻く、いろいろなものについて。クラウドはいつも、ひとの予想の斜め上を行くことを考えているやつだから。とんでもない爆弾を、隠し持っているかもしれない。そしてそれを爆発させるかもしれない。例の反骨精神で。十八になったとたんに。それを見るのも、面白いのかもしれない。ぐずぐず屋のセフィロスなんかに、期待していないで。

 

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