夜勤明けの誕生日の話
クラウドさんの誕生日が19日のほうだと仮定し、
こんなお祝いしたかもしれないねという話です。
クラウドさん十七歳の誕生日ってことにしてください。
問答無用でもしもの世界ですが、ご勘弁を。。
クラウドは朝六時近くになって夜勤から帰ってきた。玄関を開けたとたん、ものすごい勢いで服を脱ぎはじめ、あたりに散らかしながらバスルームへ。これはまあいつものことだ。セフィロスは服を拾いながらあとを追いかけた。これも、まあいつものことだ。
「風呂入ったら寝る。ごはんいらない。起きたら食べる。腹減らしておくから。去年作った王様セット、出しといて」
セフィロスはわかったと云った。クラウドはバスタブの前で、ついにパンツも脱いで素っ裸になった。
「なに? ひとの裸見るなよ、スケベ」
セフィロスは別におまえの裸を見ていたわけじゃないと云った。クラウドは肩をすくめて、素っ裸のまま、きちんとセフィロスに向き合った。
「かなりシュールな光景だけど、いいよ、云っても」
「裸になる前に、云おうとしたんだが」
クラウドは面倒くさそうに手を振った。
「誕生日おめでとう」
「うむ」
クラウドは云われて当然というようにちょっと鼻を膨らませて満足げな顔になり、バスルームのドアを閉めた。
王様セットというのは、クラウドが十六歳の誕生日のときに作った王冠と赤マントのことだ。王冠はボール紙に金ぴかの紙を貼りつけたもので、プラスチックのおもちゃの宝石がたくさんくっつけられている。赤マントは、すごく重たい毛布みたいな生地を買ってきて、赤ひもをくくりつけてマント風に仕上げた。去年の誕生日のとき、クラウドはこれらを身につけて、それこそ丸一日王様気どりだった。「誕生日くらいは好き勝手に振る舞わなきゃ」というのがクラウドの弁で、それには王様になるのが一番だという理屈がつけられていたけれど、セフィロスにしてみればクラウドはわざわざそんなことをしなくても三百六十五日態度が王様なのであって、いつでも目に見えない冠とマントを身につけている。すくなくとも、自分の前では。だからこの仮装にはさほど意味がないわけだけれど、でも、そういうことを云ってはいけない。
セフィロスはクローゼットの奥深くから、段ボールにつっこまれた王様セットを引っぱり出した。マントをはたいてきれいにし、ちょっとひしゃげてしまった冠は指で伸ばして元通りにした。それからバスルームに、クラウドが使うタオルと着替えを持っていってやった。キッチンへ行って、風呂上がりに飲む山羊さん乳を出してやる。暑いからといってあんまり冷たいのを飲んで、腹をこわしたら困るからだ。そうこうしているうちにクラウドが風呂から出てきて、髪の毛からしずくをだらだらこぼしながら山羊の乳を飲みはじめたので、セフィロスは彼の髪を拭いてやった。いつもこんなふうにしていることを考えれば、クラウドは裸のままでも十分王様だ。
「もう寝るか?」
クラウドはこくんとうなずいた。
「三時までには起きるよ」
セフィロスは時計を見た。午前七時になろうとしていた。
「起きたら、ご飯にする」
そう云って、クラウドは寝室に向かった。
「誕生日の日が夜勤明けなんてさ、ついてないと思わない?」
ベッドに潜りこんで、クラウドは唇をとんがらせた。
「午前零時ぴったりのおめでとうもなし、寝て起きたら一日の半分以上終わってる。まあ、明日休みだからいいけど」
「ぶつぶつ云っていないで寝ろ」
セフィロスは苦笑して、布団を引き上げ、枕を整え、抱き枕を腕の中に押しこんでやった。
「起きたときに四時を回っていたなんてことになったら、おまえは死ぬほど怒るに決まっている」
「そりゃ、怒るよ」
クラウドは鼻を鳴らした。
「なんで起こさなかったんだって、あんたにね」
「そして、起こしたら起こしたで怒られる」
「なんか文句ある?」
「いいや、なにも」
クラウドはもう一度相手をばかにしたように鼻を鳴らして、目を閉じた。セフィロスは日光がひと筋たりとも入りこまないようカーテンをぴったりと閉じて、クラウドが脱ぎ散らかした、もうずいぶんくたびれてしまっている、お気に入りのブタのキャラクターがついた室内履きをそろえ、音を立てずに寝室を出た。
午後からグロリア未亡人がやってきて、誕生日パーティーの料理にかかった。彼女は「これが届いてましたよ」と云って荷物をふたつ持ってきていた。ひとつはザックスからで、小さな箱だった。ご丁寧に、側面に「ボスおよび閣下へ」と書かれた紙が貼られている。これを持ってきた配達員は、いったいこの張り紙の「閣下」についてどう考えたことだろう? 宛先のマンションの住所からして、本物の「閣下」なる身分の人物かもしれないと、想像しただろうか。いかめしい顔で、髭を生やし、胸を張って歩く……クラウドがそうしているところをうっかり想像して、セフィロスはひとりで苦笑した。ついでにそこに王冠と赤マント。すごくぴったりだった。グロリア未亡人が、ひとり笑いしているセフィロスに笑った。
「誕生日プレゼントでしょうね」
「おそらくは」
セフィロスはザックスからの小包を大事にリビングのテーブルの上に置いた。
「ザックスさんも参加できたらよかったのに。帰ってくるのが明日なんて、タイミングが悪いこと。あの方って、とても責任のある重たい仕事をしているのに、ぜんぜんそんなふうに見えないでしょ? 見せないんだと思うけど。すごく普通そうにしてて。こうやって、誕生日のプレゼントを贈ってきたりとか……わたしのところへも、毎年届くのよ。クリスマスの贈り物まで! クリスマスカードに、親愛なる未亡人、あなたが望むなら、いつでも未亡人の身分を捨てていただいて結構です、って、毎年書いてあるの。そういうのって、うれしいものだと思うわ。本気にするほど舞い上がった若い娘じゃないことを、向こうもわかっているわけでしょ? そういう、冗談のやりとりね。でもその奥には、ちゃんと本音があるというか。クラウドもいつもプレゼントをくれるわね。テーマがあるの。今年の誕生日には、ハンドクリームと、マニキュアのセットだったわ。爪磨きまでついているのよ。家事は重労働です。手を大事に! って書いたカードが入っててね。あの子、どうしてわたしがラベンダーの香りがするものが好きって知ってたのかしら? わたし、ラベンダーの香りでもします? しない? 不思議ねえ。まあわたしも、あの子がどんなものが好きなのかって、だいたいわかってるわけだけど」
未亡人のいつまでも続くおしゃべりを聞きながら、セフィロスはもうひとつの荷物……こちらはずいぶん大きな箱だった……をさっと確かめた。クラウドの母親からだ。真っ赤な油性ペンででかでかと、「8/19必着!」と書かれている。ものものしい注意書きだ。万が一遅れたら、殺されかねない気迫を感じさせる。セフィロスはそれも、丁寧にテーブルの上に置いた。それから未亡人を手伝おうとしたが、断られた。
「いい? あなたの誕生日でもあるのよ。去年からだけど。誕生日がわからないんだからいっしょに祝えばいいなんて、いい考えだと思うわ。いっぺんにやったほうが楽しいし……」
そうだった。去年、クラウドが考えたのだ。誕生日のわからないセフィロスも、自分と一緒に誕生日を祝ってしまえばいい、と云って、わめいたのだった。セフィロスは自分のことを忘れていたと素直に認めた。
「さあさあ、わかったらお部屋に戻っていてくださいな。あなたにうろうろされると、準備ができないのよ」
彼は云うとおりにした。なんにせよ、他人の邪魔になることは避けなくてはならない。
三時すこし前に、セフィロスは寝室を覗きに行った。クラウドは目を覚ましていて、眠そうな目を半分開けて、抱き枕を抱えてぼんやりしていた。
「もうすぐ三時になる」
セフィロスは枕の横に腰を下ろした。クラウドは「う」と短くうなった。そうして目をこすり、抱き枕ごとベッドの上で一回転した。
「今日あんたも誕生日なことになってたんだっけ」
クラウドがちょっとかすれた声で云った。
「そうらしい。便宜的に。おまえがそうすることにしたんだろう、去年から」
「別にさ、誕生日なんて、なきゃないでなんともないんだけどさ。でも、なんでか知らないけど、誰かの誕生日ってなるとなんか贈っちゃうし、自分の誕生日ってなると、楽しみにしちゃうんだ。習慣かなあ? そうだと思う?」
クラウドは、寝起きでちょっと素直なクラウドくんになっていた。セフィロスは微笑して、彼の頭をなでた。
「結局、人間は他人のことを考えるのが好きなのかもしれないな。悪く云えば好奇心、詮索根性。相手がなにで喜ぶのか、なにがいやなのか知りたいと思う願望。贈り物を選ぶということは、だからもしかしたら、本能的な部分もあるのかもしれない。だがただの本能ではないことも確かだ……ほら、起きろ。未亡人がどっさり料理を作っている。夕食の前に、軽めにおやつを食べておけといって、いまクレープを焼いている」
クラウドはベッドから飛び出した。
「じゃあ、わたしは帰るわ。ケーキは冷蔵庫の中に入ってますからね。すごく大きいから、出すときに注意してね」
グロリア未亡人はすっかり準備の整ったダイニングテーブルを満足げに眺めてから云った。
「いっしょにパーティーに出ればいいのに」
クラウドがこころもち唇をとがらせて云った。
「おれの百面相が見れるから」
未亡人は優しく微笑んだ。
「そりゃ、あなたの百面相、とても面白いわ。個性的で、お腹がよじれるほど笑えるけど、でもだめよ。ふたりでお祝いしたほうがいいわ。正直な話」
未亡人はセフィロスに目配せした。
「わたし、クラウドの王様ゲームにつきあえるほど若くないわ。そういう楽しいことは、若いひとたちだけで楽しんだほうが面白いのよ。世の中には、一生懸命若いひとぶるひとたちもいるけど、そういうのって見苦しいでしょう? 年齢に見合った楽しみかたって、あるものよ。わたしの場合はね、あなたたちのおうちをきれいにして、お料理を作って、そういうことのほうが楽しいの。次の日きれいにすっからかんになってる冷蔵庫を見たりすることのほうが、大声で笑う何倍も。わかってほしいとは云わないけど。だってほら、あなたたちは男の方だし。わかられたら困るわ。わたしの親戚に、すごく女の子みたいなのがひとりいるんだけど……その子ときたら、お料理や洗濯がなによりも好きなの。あれはちょっとしたミスマッチね。面白いことは面白いけど、神さまもこんな間違いをしでかさなくてもいいのにっていつも思うわ。仮にも男のひとが、シャツのしわの伸ばしかただの、おいしいアイスクリームの作りかただのに気を取られているなんて、見ているこっちがいたたまれないでしょ……」
古きよき未亡人はそう云って、ため息をついた。
「それから、ふたりとも誕生日おめでとう。これ、わたしからよ」
未亡人はふたりにそれぞれ箱を手渡した。セフィロスのは濃紺の落ちついた箱で、クラウドの白い箱には空色のリボンがかかっていた。
「ケーキは食べるときに出してね。クリームが溶けるから。ろうそくは立ててませんから、戸棚から出してね。すごくたくさん買ってあるけど、足りなかったらごめんなさい。でも、あれを全部ケーキに立てたら、なんにも見えなくなってしまうと思うけど」
未亡人は出ていった。ふたりはお礼を云って、見送った。
「プレゼントは、あとで開けようよ」
クラウドは、おそらくいますぐに空色のリボンをむしって、包装紙をべりべりやりたいのを必死にこらえ、プレゼントの箱をリビングのテーブルの上に置いた。ザックスからと、母親からのと一緒に。これはとてもえらいことだった。だからセフィロスも同じようにした。
「あんたの陣地と、おれの陣地をわけたらいいと思う」
クラウドはテーブル左半分をセフィロスのプレゼント置き場とし、右半分を自分の領土とした。ザックスのは、ふたりに宛てているので真ん中に配置された。
「おれも持ってくる。プレゼント。あんたも持ってきてここに置いてよ。あとで、パーティーのときに開けるんだ」
クラウドが持ってきた箱は、やたらとでかかった。彼の母親が贈ってきたやつより大きい。ピンクのリボンがかかっていて、やたらとファンシーだった。クラウドはそれをセフィロスの陣地に置いた。セフィロスも自分のプレゼントをクラウドの陣地に置いた。パーティーセットの入った袋が、ダイニングテーブルの横に置かれた。それで、すっかり準備は整った。
「まだ五時だ」
クラウドは云った。
「でも、おれ腹ぺこだよ。もう始めない? おれ王様になる」
彼は王冠と赤マントを取りに走った。
「去年から疑問に思っていたのだが」
セフィロスはのんびり首を傾けた。
「一応、ふたりとも誕生日ということになっているのに、なぜおまえだけが王様役なんだ」
クラウドは赤マントと王冠を身につけながら、すごくばかにした顔をした。
「おれが年下で、かわいいからに決まってるだろ」
セフィロスはよくわかった、と云った。そして実際、王冠と赤マントは、はじめからそれがクラウドの服だったみたいに、彼によく似合っていた。赤マントは長くて、引きずる形にはなっていたけれど(クラウドの計算では、今年の誕生日には、赤マントは床につかない予定だった……それだけ、身長が伸びることになっていたのだ。彼はちょっと、計算を間違えたみたいだった)。
「では、王様、こちらへ」
セフィロスはうやうやしく頭を下げ、急ごしらえの王様に向かって手を差し出した。クラウド、またの名突貫工事の王様は、うむ、と云って、その手に自分の手を置いた。ふたりは宮殿の中の、すごく長ったらしい晩餐のテーブルにでも向かうかのようにしかつめらしい顔で、ダイニングテーブルに歩いていった。
クラウドが連続で十個クラッカーを破裂させ、パーティーははじまった。彼はそれから、都会では絶滅してしまった駅員のように気合いを入れて笛を吹き、イスをがたがた鳴らした。シンバルを演奏するサルとピアノを弾くタキシードのウサギ人間、サックスを吹く小人が連れてこられ、BGMを鳴らす係になり、直径五十センチくらいありそうな未亡人お手製の四角いケーキにありったけのろうそくがともった。クラウドはそれを吹き消し、また笛を吹いた。彼はケーキを切らずにそのままフォークで崩して食べた。料理とケーキを同時に食べるのは行儀が悪いけれど、今日彼は王様なので、当然なにをしても許されるはずだった。王様は自分で食事を口に運ぶことすら放棄して、セフィロスの仕事とした。だからセフィロスは王様の皿の料理を食べやすい大きさにわけて、口へ運んでやらなくてはならなかった。飲み物が欲しいときには、コップを口へ持っていって、傾けてやる。王様は上機嫌でげらげら笑い、そのたびにずり落ちそうになる冠をなおした。ふたりはだらだら食べて、途中でばばぬきと数字あてゲームをやり、クラウドが雑誌で見たという相性占いなるものまでやった。
「この結果によると、クラウドくんとセフィロスさんの相性は五十パーセントです……微妙」
「五割もあればよほどましなほうだと思うが」
「まあそうだけど。父さんと母さんのやったら、三十五パーセントって出てた。そんなもんだよな。おれ思うんだけど、十パーセントもあればちゃんと夫婦やれると思うんだ。お互い我慢強かったらの話だけど。うちの近所に、いっつもあっちとこっち向いてるじじばば夫婦がいたけど、でもそれでも五十年近く夫婦やってたよ」
クラウドはばかでかいケーキの塊を、口に入れろとねだった。
「あっちとこっちを向くことが、適切なコミュニケーションだということもあるかもしれない」
セフィロスはクラウドの唇のはじっこにくっついたクリームを指先でぬぐった。
「少なくとも、三百六十五日ニカワかなにか塗ったみたいにべったりくっついているよりは、よほど健全かもしれない」
「すごくべったりって、病気っぽいっていうか、あやしいにおいがするからね。新婚ならいいけど……マッシュポテトとって」
セフィロスは王様の命令通り、取り皿にポテトの塊をすくってから、口に入れてやった。
「十年越しの新婚というのもあるぞ」
「うちの母さんみたいに? まあそれもある。つきあってから結婚までって、平均どれくらいなんだろう? 三年とか? ……コーラ」
セフィロスはクラウドのコップにコーラを注いだ。
「それこそ、場合によりけりなんじゃないか?」
「おれ、三年も待ったらいいほうだな。気短いから」
「結婚願望があったのか」
セフィロスは眉をつり上げた。
「おれ? あるよ、こう見えて。おれの十四歳のときのプランでいくとさ、十六くらいですごくかわいい、料理のうまい女の子とばったり出会って、むちゃくちゃな恋に落ちて、十八で結婚する予定だったんだ。母さんが、子どもは早いうちに作っておけって云うから。あとが楽なんだって」
セフィロスは同情的な顔を作った。
「それはそれは残念だったな、昨日で十六が終わってしまって。料理上手なかわいい女の子には、出会えなかったわけだ」
クラウドはわざとらしく鼻を鳴らした。
「ほんとにさ、人生うまくいかないよな。未亡人があと三十歳若くて、未亡人じゃなかったらなあ。そしたら、どんぴしゃだったんだけど」
「いや、向こうのほうでお断りだと思う。おまえのような、がさつでわがままで面倒くさいやつは」
セフィロスはクラウドの鼻の頭をひとさし指でぺこんとつついた。
「まあね、扱うひとを選ぶのは、事実だよね」
クラウドはコップのストローをがりがり噛んだ。セフィロスはなにも云わなかった。クラウドの云いかたに、冗談で流してはいけないなにかを感じたからだ。セフィロスは考えた……クラウドは、友だちが少なくて、恋愛方面に関してこちらしか経験がないということに、ひと並みに寂しさを感じたりしているのだろうか? 恋愛の問題に関しては、こちらにも責任がある。彼くらいの年齢の少年の普通がどういうものなのかは知らないけれど、少なくとも、こんな年上の男に囲われて生活しているというのはちょっと異常だった。おまけにこちらは少々複雑な立ち位置にいるので、クラウドは必然的に、孤独に陥りやすいはずだ。友だちだってできにくいことこの上ない。セフィロスはぼんやり思った。この状況について、自分の立場について、彼に、かぶせてしまっているものについて。
「別にいいけどね」
クラウドがそっけない口調で云って、鼻を鳴らした。余計なことを云ったと、思っているのかもしれなかった。それで、セフィロスの疑問はまた彼の胸の中だけに、落ちこんで消えていった。
「プレゼント、見ようよ。おれの今年のプレゼントは自信作なんだ。あんた、泣いて喜ぶよ」
クラウドがしんみりしかけた空気を散らすように、陽気な声とともにイスから飛び降りた。リビングに向かう彼の後ろで、赤マントが揺れて、ずるずると床の上をすべった。
最初にふたりが手をつけたのは、未亡人からのプレゼントだった。セフィロスが開けた箱には、ぴかぴか光る青色のシャベルが入っていた。
「あんた、シャベルなんて欲しかったの?」
クラウドが首を傾けた。
「とても欲しかった……というより、そろそろ前のが役立たずになってきていた。あれは確かザックスがどこだかから拾ってきたんだと思うが、柄がいまにももげそうになっていたからな」
セフィロスは立ち上がってベランダへ向かい、シャベルの交換式を行った。
「おれのはルーペだよ。こないだ、腕時計を分解したいけど肉眼じゃ見えづらいって云ってたの、覚えててくれたんだ。これ、きっとすごく高いよ。ゆがみが少ないから」
クラウドはルーペをかざしてあちこちを眺めながら、さんざんひとりでにやついた。
「これでおれ、ますます賢いクラウドくんになっちゃう。次母さんの開けよう。たぶん、父さんからのも入ってる……チョコボのぬいぐるみだ! この大きさの、欲しかったんだ」
箱の中からは、実にいろいろなものが出てきた。ミニカーのセット、いい香りのシャンプーとコンディショナーセット、ガムが入ったガチャガチャ、ふわふわの、空色タオル。クラウドはセフィロスからギル硬貨を強奪してさっそくガチャガチャのガムを噛み、風船みたいにふくらませ、そそくさと自室へ電話をかけに行った……十五分ほどして戻ってきた彼は、ちょっと目をうるませていたけれど、セフィロスは見ないふりをした。
続いて、ザックスから届いた荷物が開けられる。中に小さな箱が入っていて、「ボスへ」と書かれたメモが貼ってあった。
「はい、あんたの」
クラウドは……ありがたいことに……包装紙をやぶいてから渡してくれた。セフィロスは複雑な顔で受け取って、箱を開けた。
「なにそれ?」
「種だ。喜べ、おまえの愛するイモの種だ。秋に蒔けと書いてある」
「イモ?」
クラウドは期待のこもった視線を向けてきた。
「品種改良されたやつらしい。深さのある大きめのプランターを使えば、ベランダで栽培が可能です……都会に暮らすあなたも、自分の小さな畑を持ってみませんか……なるほど、これは実におれ向きだ」
「カードが入ってるよ」
クラウドが真っ白のカードを取り出して、振り回した。セフィロスはクラウドの腕をつかんで書かれている文字を読んだ。「ボスへ:いつもお世話さま。閣下とふたりでイモでも栽培してちょ。いっしょに愛も栽培すること! とっても優秀な部下ザックスちゃんより」
セフィロスが感慨に浸っているあいだに、クラウドは自分の名前が書かれた箱を開けた。そうして彼は、飛び上がった。
「明日の試合のチケットだ! 一塁側内野S席。すごい近いとこだ。これだったら、選手の動く筋肉まで見えちゃう」
セフィロスは彼の手元をのぞきこんだ。
「ウォーリアーズ対デビルズ……なるほど」
クラウドはプロ野球チームミッドガルウォーリアーズの、根っからのファンだった。五年前まで四番で活躍していた選手を、たぶん英雄セフィロスよりも英雄視していて、彼が去ってからというもの、チームの成績は低迷、この三年間は毎年最下位か、よくて下から二番目、という情けない成績が続いていることに、日々頭を痛めている。「監督がお話にならないんだ」というのがクラウドの云いぶんだった。シーズンになると、彼は試合を見ながらテレビ画面に向かってとてもひとさまには聞かせられないような暴言を連発するのだが、その同じ口が、試合に勝った日には「あんなすばらしい監督はそうそういない」などと云いだすのだから、これはたいしたことだった。
クラウドのプレゼントにもザックスからのカードが同封されていて、「夏だ野球だナイターだ! 求むビールとホットドッグ。昼過ぎに迎えに行くよん。遅れたらごめんちょ。ともだち想いな優しいザックスちゃんより」とあった。クラウドはまたもひとりでにやついた。
「こんないい席で試合見れるなんて。明日もし負けたら、おれ監督にザックスのこと投げつけて、壁に埋めてやろう。おれが応援しに行くのに負けたなんてことになったら、今度こそほんとにクビだ、あんな監督」
セフィロスはため息をついた。
「それから、はい、これ、おれの愛がこもったプレゼント。二十九歳おめでとう。肉の年だ。プレゼントはそれとは別に関係ないけど」
セフィロスはすごく大きな箱を受け取った。大きさの割に、軽かった。クラウドがきらきらする目で、早く開けろと促す。セフィロスは箱に巻きつけられていたピンクのリボンを解いた。
「……………………おまえの愛はよくわかった」
「だろ? おれ、なんてあんた想いなんだろ。えらいなあ、いい子だな。これで、おれが夜勤とかなんとかでいなくても、あんた寂しくない」
巨大な箱の中から出てきたのは、抱き枕だった……それも、クラウドの写真がプリントされているやつだ。
「……これは、どうやって作ったんだ……」
セフィロスはため息が出そうになるのを抑えて訊ねた。
「なんかさ、そういうグッズ作ってくれるところがあって。探したんだ、わざわざ。写真もこのために撮ったし。まあ、経費のことは云わないでおくよ。プレゼントだから」
セフィロスは丁寧にお礼を云っておいた。うれしいのだか呆れているのだか、とにかくなにかのもやもやした感情で、涙が出そうだった。
「でもさあ、それ、おれがいるときは使っちゃだめだよ。さすがにおれでも、自分の顔がくっついた抱き枕と一緒に寝る趣味ないよ。そりゃ、もちろんおれっていくら見ても見飽きないくらい美人だけど」
セフィロスは、本物がいるときはクローゼットの奥深くにしまって、決して使わないことを約束した。
「次、あんたの番だよ」
クラウドが手足をばたばたさせた。セフィロスはテーブルの上から箱を取って、クラウドに渡した。
「中身、ちゃんとおれの注文通り?」
彼はすごい勢いで包装紙をやぶりながら云った。
「ああ。新型飛空挺モデル、七十二分の一スケール」
「すごい」
クラウドは現れた飛空挺モデルにうっとりと見入った。
「それから、もうひとつ。サプライズのほうだ」
クラウドのプレゼントには、ちょっと複雑なルールがある。彼はほしいものがありすぎるので、いつもそのうちのひとつを誕生日にオーダーするのだが、セフィロスはそれとはまた別に、独自に調査し選別したプレゼントを用意する。はっきりそうするべしと決まったわけではないのだけれど、これはまあ、セフィロスの気持ちというやつだ。クラウドは箱を受け取って、さっき以上に猛スピードで包装紙をやぶいた。箱を開けた瞬間、クラウドは顔を輝かせた。
「新しい室内履き。もちろんブタのだ。いまのやつは諦めろ。もうぼろぼろだ。それから、歯磨きコップを取り替えろ。持ち手はもげているし、ふちが欠けている。朝使っているコーヒーカップはおまえの胃には小さすぎるし、いつも抱きしめているクッションはもう中の綿がつぶれている」
クラウドはソファの上でぴょんと飛び上がった。さっそくおんぼろの室内履きを脱ぎ捨て、新しいのに足を通した。かかとのところと指のところに、ブタのぬいぐるみがついているやつだ。次いで、ソファの上にあったぼろぼろのクッションをゴミ箱めがけて放り投げ、新しいやつを抱きしめた。そのまま立ち上がって、バスルームの歯磨きコップを取り替え、キッチンのコーヒーカップを新しいのにした。いろんなものを一気に新しくしたクラウドは、自分も新しく入れ替わったみたいに生き生きした顔で、ソファに座るセフィロスに向かって飛びこんできた。
「おれうれしいよ」
クラウドは喜びではちきれそうになっていた。
「飛空挺ももちろん、うれしいけど」
彼はそれ以上なにも云わず、ただセフィロスに回した腕にぎゅっと力を入れただけだった。それで、セフィロスも同じようにして返した。
……クラウドが、とても柔らかい顔で見上げてきた。目を細めて満ち足りた、すばらしい午後の昼寝を待ちかまえているような、そんな顔だった。セフィロスは彼の鼻っつらにちょこんとキスした。クラウドはくすぐったそうにへらへら笑った。
「おまえはホストかなにか、やるべきだ」
セフィロスはからかうような口調で云った。
「誕生日のたびに、少数精鋭でこんなにものをかき集めるこの才能は、ちょっと尋常じゃない」
クラウドは小さく笑って、なにか恥ずかしいことでもあったみたいに、セフィロスの胸に顔を埋めた。ふたりともその姿勢で長いこと黙っていた。セフィロスは自分に贈られたプレゼントのことを考えた。数はクラウドに比べたらとても少なかったけれど、ぜんぜん気にならなかった。シャベルと種と抱き枕。妙な組み合わせだけれど、でもどれも、こちらのことを考えて選んでくれたものなのだ。それから、クラウドがもらったたくさんのプレゼント。赤マントと王冠がなくたって、彼はやっぱり王様だ。王様だってこうはいかないくらいたくさんの贈り物をもらって……でもそれでふんぞり返るのではなくて、こうやってうれしさのあまりひとりで感じ入ってしまうような、ちょっと感傷的な王様。
セフィロスは感傷的な王様を胸に抱えたまま、なおしばらくじっとしていた。もう十分というほど時間がたってから、彼は王様を抱き上げて、寝室へ移動した。寝室で、王様は赤マントと王冠をはずして、クラウドに戻った。日付が変わる直前、セフィロスは熱のさなかにもう一度クラウドにおめでとうを伝えたのだけれど、本人にちゃんと伝わったかどうかは、よくわからなかった。
次の日、ザックスはきっかり三時にやってきた。かんかんに晴れていて、どこからどう見ても野球びよりだ、とうれしそうに云う彼は、ウォーリアーズの野球帽をかぶり、黒のタンクトップにハーフパンツ姿で、どこからどう見ても、ついさっきまでハードな任務をこなしてきた兵士には見えなかった。
「閣下や。おれいい仕事しただろ。内野S席、しかも休日、ゲット頑張ったんだぞー」
「ナイスファイトのグッドジョブだよ。おれ、おまえのこと愛してる。結婚したいくらい」
ザックスと同じ帽子をかぶり、応援用のメガホンと旗、ジェット風船を装備したクラウドがそう云って抱きついてきたので、ザックスはぎょっとした顔で飛びのいた。
「やめれ、おまえが云うと、ちょっと冗談っぽく聞こえない」
「うわ、なにそれー。おれいま、傷ついちゃったなー」
いつものようにばかなことを云いあいながら、ふたりは元気よく野球観戦に出かけていった。奇跡的なことだが、ミッドガルウォーリアーズはその晩、宿敵ミッドガルデビルズとの試合に勝ち、ドームのある八番街では、感極まったファンたちが機械塔によじ登り、ゲートに突撃し、ドーム周辺でわめきちらして、いじけたデビルズ側のファンを挑発したために大々的なケンカに発展し、機動隊が出動する騒ぎとなった。だがこれももっともなことだった。クラウドの愛するウォーリアーズは、前日まで十連敗中、絶賛最下位への道をひた走っていたのだ。クラウドも当然、ばか騒ぎに加わって、明け方まではしゃいでいた。
そんな騒ぎとは無縁のセフィロスは、いつも通りの時間にベッドに入り、ひとりきりの安らかな眠りについた……が、二十分ばかりして起きあがり、ちょっと複雑な顔で、クラウドがくれた抱き枕を箱から出した。そうしてしばらくためらったのち、それをそっとベッドに入れた。彼はすこしのあいだ頬杖をついて抱き枕を見つめていたけれど、やがて苦笑を浮かべて首を振り、枕のやつをひとなでして、今度こそ眠りについた。
明け方に帰宅したクラウドがその光景を見てなぜか真っ赤になり、もじもじしながら風呂場に消えたけれど、セフィロスは残念ながらそれを見ることができなかった。意外に熟睡していたからだ。しばらくして目が覚めたセフィロスは、すぐに抱き枕をクローゼットにしまい、起きだしてリビングへ行った。そこでは妙ににゃんにゃんなクラウドが待ちかまえていて、ちょっとびっくりするほど甘えてきたから、明け方の事件を知らないセフィロスは朝からひどく混乱してしまった。それでも、にゃんにゃんなクラウドは悪くなかったし、抱き枕も思っていたほど悪いものではなかったから、セフィロスはこれはこれで自分にとってもいい誕生日だったのかもしれないと思った。
普段はどぎつくてたまに超にゃんにゃんなクラウドさん正義。
二度目ですが、クラウドさん誕生日おめでとう!
あとついでなのでセフィロスさんもおめでとう!