新米記者ストライフ君、華麗に登場する
クラウドの買った服は、最高にぴしっと決まっていた。少なくとも、クラウドにはそう見えた。バスルームの鏡の前で自分をためつすがめつ眺めてから、クラウドは満足したように笑って、そこから出た。
「じゃじゃーん」
クラウドは胸を張って云った。ソファに座っていたセフィロスは、クラウドを見て微笑した。
「ニッカポッカだな。古きゆかしき形式だ」
「おれのこと、タンタンって呼んでいいよ」
「あのマンガの少年記者だな」
クラウドはうなずいた。
タンタン少年は、十歳くらいまで、クラウドの憧れだった。相棒の犬のスノーウィと一緒に、素晴らしい勇気と機転で数々の難局を切り抜け、世界を股にかけて冒険するタンタン少年。ああいうのは、男の子のロマンなのだ。タンタン少年は新聞記者で、ニッカポッカスタイルでかっこよく決めている。だから、新聞記者になりすますクラウドがその真似をしちゃいけないということがあるだろうか?
クラウドは、濃い灰色のニッカポッカズボンに、母さんが作ってくれた厚手の毛糸の靴下、それに、同じく母さんお手製の、空色セーターを着ていた。その下には、白のYシャツ。空色セーターの胸のところには、ケルバにもらった黄色い羽を、安全ピンでとめてある。
一方セフィロスはというと、別段普段と変わったところはなかった。いつものように服を着て、いつものように、出かける直前には黒いコートを着るつもりでいるらしい。クラウドの母さんが編んだ黒の襟巻きも、一緒に巻いていくつもりらしく、ソファの肘置きにかけられていた。
「あんたはさ、あれ着ないの? あの、変な戦闘服」
セフィロスは眉をしかめた。
「好きじゃない」
「うん、知ってる」
クラウドは生意気な調子で云うと、てっぺんにぽっちのついた、前面がクロワッサンみたいにふくれた形のキャスケット帽を、ちょっとはすにして頭にのせた。ずれやすい例の耳あては、今度ばかりは置いていかなくてはならなかった。それに、ニッカポッカに耳あてなんて、なんだかダサい。クラウドにだって、それくらいの分別はある。胸ポケットに手を入れて、擬装用のペンとメモ帳が入っていることを確かめ、ニッカポッカズボンの裾と靴下のバランスを整えて、帽子をもう一度ちょっといじくり、ズボンのベルトにガス・ピストルを引っかけた。これで完璧だと思ったので、セフィロスにポラロイドカメラを渡して、写真を撮ってくれと云った。
「あとで、母さんに見せるんだ。母さん、きっとおれがかわいすぎて興奮しちゃうよ」
セフィロスはカメラをかまえて、両手でピースサインをしているクラウドをぱちりとやった。二回ほど。なぜかというと、クラウドが母さんに写真を送ってしまったら、手持ちがなくなって、彼は見ることができないからだ。
「いいか、絶対に失礼のないようにするんだぞ。おれにするようなぞんざいな口の利き方をするんじゃない。いい子にしてるんだ。教授なんて社会的地位の高い連中は、大概失礼な扱い方をされるのに慣れてないからな。いまから教授の心象を悪くすることはない。あのピルヒェさんという記者に任せて、おまえはおとなしくメモするふりをしていろ。余計なことをしないようにな。くれぐれも、余計なことはするな。いいな?」
セフィロスは母さんみたいに、部屋を出る直前にあれこれ云いだした。クラウドはちょっとむくれた顔をした。
「だけどさ、おれ、なんにも知らないただのガキじゃないんだよ? それくらい心得てるよ」
「だといいんだが」
セフィロスは云い、ため息をついた。
「あんたこそ、気をつけろよ。夜までには、帰らないとだめだよ。遅れたら、夕ごはん抜きだ」
クラウドが唇を尖らせた。セフィロスは微笑して、わかったと云った。それから、クラウドの身体をちょっと抱きしめた。
「あんたさ、遠出するのに、なんか武器持たなくていいの?」
「必要ない。おれは不戦主義者だ」
セフィロスは云い、クラウドの額にちょん、とキスした。
「なにかまずいものに出会ったら、全速力で逃げる。逃亡する生き物の姿はうるわしいぞ。生命の躍動感にあふれている」
「それってきっと、あんたの場合百ノットくらいのスピードが出るんだろうな。それもまあ、作戦ではあるね」
ふたりは部屋を出た。
ふたりが捜査局の前まで行くと、白いクラシックカーが走ってきて、ぷぷーっとクラクションを鳴らした。
「よう、坊主。なかなかクラシカルでしゃれた格好してるな」
窓が開いて、ピルヒェさんがひょいっと顔をのぞかせた。クラウドはかわいらしい車にすっかり心を奪われて、大急ぎで近づいた。
「すごいなあ! 一九八一年製のポードですか? ほんとに動いてるとこ、はじめて見ました」
「おっ、よく知ってるな。君、さてはメカ好き少年だな? 今日は雪が降らないから、こいつで移動だからな」
ピルヒェさんはまるで自分の記事がほめられたときみたいにうれしそうな顔をして、クラウドに車に乗るように勧めた。クラウドはもちろん、大急ぎで助手席に乗りこんだ。そこへちょうどコランダー捜査官がやってきた。
「こりゃみなさんおそろいで。わたしが一番遅刻ですかな。じゃあ、今日はひとつよろしく頼みます。エヴァン皇帝、録音機は持ったかい?」
「持った持った。特ダネをいっちょ掴んでくるよ」
ピルヒェさんはにっと笑って、ギアに手をかけた。
「この子を頼みます」
セフィロスがまた母さんみたいなことを云ったので、クラウドは助手席でむくれた。おれが一人前の男だってこと、セフィロスときたら忘れてるよ……! クラウドはすっかり怒ったので、帽子を深くかぶりなおした。ピルヒェさんは面白がる顔をして、わかってますよ、と云いながらギアを入れた。