酔っ払うと話が止まらないひとと、抱きあう母子、さらに抱きあう恋人たち
食事のあとは、当然のことだが酒が入り、ローコヴェンハウム氏はすごく酔っぱらって、アコースティックギターを片手にしみじみ歌を歌ったのち、長々と自らの人生について語りはじめた。ふと気がつくと、いつの間にかクラウドとその母さんはどこかに逃げていて、セフィロスはひとりきりでそれにつきあうことになってしまった。おかげで、その日のうちにセフィロスは、ローコヴェンハウム氏の生い立ちをこと細かくと、その妻とのなれそめを詳細にわたって知ることになった。
「ひととおんなじような時期に、おんなじようなことできるやつがまともだって、世間じゃ思ってるだろ。でもさ、おれに云わせりゃ違うんだ。そんなやつは、一生たいしたことなんかできゃしないんだよ! おれは、自慢じゃないけどなんでもひとより早かった。煙草吸ったのは十一のときだ。でもって、十五でやめたんだ。初恋は四歳だった。はじめてのチュウは六歳んときだ。はじめてのあれは十二のとき。十一あたりからぐれはじめたけど、これも五年ですっぱり卒業したんだ。そのかわり、結婚にばかみたいに手間取ったけどな。人生って、そういうもんさ。そういうほうが味があるだろ。みんな号令かけられた生徒みたくいっせいに右向いたり、左向いたりしたら、つまんなくて話にならない。これほんと。でもさ、それが世の中まともだって云われるんだ。おかしいだろ? だからさ、おれは自分が好きだし、実家のみんなが好きだし、エミさんが好きだし、クラウドが好きなんだよ。全員、これっぽっちもまともじゃないもんな。おれ、あんたのことも好きになりそうだよ。ちょっと見た目気迫迫るものがあるけどもさ、なんせまともじゃなさそうだもんな」
さんざんいろんな話をしたあとで、ローコヴェンハウム氏はそう云った。セフィロスは、自分がまともじゃないことについては名誉にかけて保証してもいいと云った。ローコヴェンハウム氏は陽気に笑った。
「よし、飲め、息子よ……こういうせりふ、なんかの映画か、劇で見たぞ。クラウドに云うことになるとばっかり思ってたけど……いやまじな話、おれあいつのことほんとに息子みたく思ってるんだ、ちょっと生意気だけど。でもほんとの父親と息子より、よっぽど父子らしいって思ってる。クラウドじゃないやつに息子って云えるなんて、おれはうれしいよ。普通じゃない。でもなあ、あんたとは、どっちかっていったら親子っていうより、友だちって感じだ。友だち。わかる? 友だちって、いい響きだとおれは思うよ。おれが昔っからつるんでるやつらがいてさ、いまでもしょっちゅういっしょにふざけてるんだけど、いいやつらなんだ、クラウドも気に入ってる。今度紹介する。そろいもそろって、みんなボンクラだけど。ボンクラでなにが悪い? まともよりましだ。ボンクラ万歳!」
ローコヴェンハウム氏はワインの瓶を一気飲みし、ふにゃふにゃになった。
クラウドとその母さんは、二階に上がって、客室のベッドの用意をしていた。正確に云えば、用意をしているのは母さんで、クラウドは枕を持って飛んだり跳ねたりしているだけだったけれど。母さんは妊娠中につきアルコール厳禁なので、ぶつぶつ文句を云った。
「ほんとにさ、なんで酒って身体によくないくせに、あんなにおいしいんだろ。身体によくないものなんか、まずけりゃいいじゃない? そしたら、誰も手つけないのに」
「でもピーマンはまずいよ」
クラウドはベッドの上でぴょんぴょん飛び跳ねながら云った。彼が跳ね上がるたびに、天井におっ立てた金髪が当たる。彼はここへ来てからというもの、いつも以上に子どもっぽかったけれど、これは仕方のないことだった。
「ピーマンは身体にいいのよ。それもしゃくなの。身体にいいものだったら、もっと味を工夫しなって、あたしは云いたいわけ。食べてほしいんだったら」
「それ今度、セフィロスに云っとく。どうにかしてうまいピーマンが生えてくるようにしてって」
「ねえ、あんたちょっと隣のベッドに移ってくれる? まだ飛んでたいんだったら。今度はこっちのベッドにシーツ敷くんだから」
クラウドはベッドから飛び降りた。隣のベッドに鞍替えすることはしなかった。もう跳ねるのは十分だったからだ。これ以上跳ねたら、クラウドじゃなくてうさぎになってしまう。
「あんた、どっちのベッドで寝る?」
母さんはアイボリーのシーツを広げながら云った。クラウドはいままで自分が跳ねていたベッドに寝ると云った。窓のすぐ横だ。アイボリーのシーツは、上品でもったいぶっていて、あまり好きじゃない。
「朝日まぶしいかもよ。ここ東向きだから。家建てるとき、太陽のこと考えるの忘れてたのよね」
「しょうがないよ。あんないっつも天井にいるやつのこと、思い出すなんて無理だよ」
クラウドは自分が寝ると決めたベッドに転がった。
「それにまぶしかったら、おれ布団に潜りこむから大丈夫」
「どうせやるなら、旦那のベッドに夜這いならぬ朝這いでもかけるのね。そのほうが刺激的じゃない?」
母さんはすごいことを云った。でもそれは、いかにもクラウドの母さんの云いそうなことだった。
「ところで、あんたたちの場合は、旦那だとか嫁だとか、そういうことばは使わない方がいいわけ? まあそうなんだろうけど……ああ、でも、そうか、あのひと、うまくいけば婿になるのよね。ストライフ家の婿」
クラウドは、ちょっとびっくりした顔をした。そしてそれから、笑い転げた。「婿!」と云いながら。なんだかすごくいい響きだぞ、と思った。すごくセフィロスらしくなくて、でもなんとなくそれっぽいような感じがする。クラウドは、セフィロスが婿になるって、きっといいことだぞと思った。肩書きが変わるのだ。「英雄」から「婿」……なんとも変な飛躍だけれど、でも、ちっとも悪くない。
「あんた、楽しそうね」
母さんが優しい顔になって云った。
「あんたが幸せだったら、あたしも幸せだけど。ねえ、ハグする? もうそういうの、恥ずかしい歳?」
なにかとてもいいことや、悲しいこと、つらいこと、とにかく大きなことがあったときは、ふたりはずっと全力でハグしてきた。ほんとのことを云うと、クラウドは十八にもなってから改まってそれをやるのは、ちょっと恥ずかしいような気もした。でも、いまはそういうのを気にしないことにした。それに母親と抱きしめあうのに年齢のことなんか持ち出すやつは、縛り首になればいいのだ。
クラウドは母さんとぎゅっとした。でも母さんはお腹が大きいので、クラウドはすこしだけ気を遣った。それで、クラウドは自分もずっと前はこうやって母さんの腹を膨らませていたんだと思った。それはすごく変なことだった。だけどセフィロスだってきっと、誰かの腹を膨らませていたのだ。ずっと昔は。それでそこから出てきて、いろいろあって、そのうちにクラウドも母さんの腹から出てきて、いろいろして、ふたりは出会った! おめでとう! クラウドは、ふいにそう云いたくなった。だって、毎日毎日、世界中で、何百万人か、何千万人か、とにかく数え切れないくらいのひとが母さんのお腹に別れを告げて、この世に誕生している。そういう世界で、たったふたりの人間が出会うということは、これはとんでもないことだった。交通事故に遭うとか、宝くじが当たるとか、そういうことよりももっとずっと、すごく低い確率のことだと思えた。でも、それを成し遂げた……クラウドも、それに母さんもだ。母さんなんか二度もやっている。これも相当のことだ。クラウドは鼻を鳴らした。母さんの手が優しく背中をなでた。クラウドは泣きそうになった。男だから、泣かなかったけれど。
母さんは腹が重たすぎる、こんなに重たいのは非人道的だといって、先に風呂に入って、眠ってしまった。クラウドは盛大にぶちかましたせいでふらふらになっている、たこみたいにふやけた父さんを、どうにかして寝室に運んだ。すごくいいひとだけれど、酔っぱらったときの言動は、ちょっといただけなかった。陽気になるのはいい。めそめそやられるよりは。でも話が長くて、それでひとをうんざりさせるのだけは、ぜったいにいただけなかった。クラウドはああはならないんだ、と心に決めている。でも、それだけで父さんの酔っぱらいぶりにも、一定の価値があるような気もする。
ずっと彼につきあっていたセフィロスがすこしぐったりしているように見えたので、クラウドは慰めてあげようと思い、ソファの、セフィロスの隣に座った。足元に法外な数の小瓶が転がっていて、セフィロスはそれを、きっちり向きをそろえてまとめているところだった。
「結局、父さんにつかまったんだ、あんた」
セフィロスは苦笑を浮かべた。
「そっちが逃げたんだろう」
クラウドは唇をとんがらかした。
「違うよ。おれと母さんはベッドの用意とかしてたの……まあ、逃げたって疑われても、完全に否定はできないけど」
「あれは誰でも逃げたくなるな。しゃべりっぱなしだ……なんだかザックスを見ているみたいだ。もっともあれは、しらふでそうなわけだが」
セフィロスは瓶集めを再開した。
「すごかっただろ? ……まあ、ちょっと、ザックスに似てなくもないよ」
クラウドは口ごもって云った。セフィロスはまた瓶集めを中断した。
「彼はいいひとだ」
セフィロスは微笑して、云った。
「ザックスもそうだが、彼も。友だちにならないかと誘われた」
クラウドは笑った。
「なればいいんじゃない? いやじゃなかったら。おれには父さんだから、友だちじゃないけど」
セフィロスの手がやってきて、クラウド自慢の金髪をなでた。それで、ふたりはちょっと黙った。
ソファの周りは、宴のあと、という感じだった。転がる瓶、空気の中に残っている酒の匂いと熱気、そして、どうしようもないしんみりした、重たさ。クラウドはセフィロスを見た。目を細めた、思案するような、でもどこか満足げな顔がそこにあった。
「……別に家族がほしいと思ったことはないんだが」
セフィロスが云った。
「たぶん、悪くないことなんだろうと思う。とびきりやかましくて、落ちつかなくて、しょっちゅう気をもまないとならないとしても……それにそんなことは、やってみなくてはわからないことでもある」
クラウドはこくりとうなずいた。そうして、セフィロスに抱きついた。さっき母さんとしたよりももっと、ぎゅっと力をこめて。それは、母さんとするのとはぜんぜん違った。同じ安心、同じ心地よさだとしても、でもやっぱり、母さんとは違う。母さんと同じように、でもまったく違った角度から、クラウドは、セフィロスのことを好きなんだと思った。すごく愛しているんだと思った。母さんの前では泣かなかったけれど、ここではクラウドはほんとうに一滴だけ、涙をこぼした。それはセフィロスの指に拭き取られて、いなくなった。ふたりは長いことそうしていて、母さんが用意してくれたベッドに横になったのは、夜中になってからだった。