ベートーヴェン・フリーズ
真っ白なシーツと布団が降り注ぐ日の光を受けて鈍く光っている。クラウドはその中で一回転して、セフィロスの身体にもう少し近づいた。男の身体は安定して、揺るぎなく、彫刻かなにかのように見えた。けれどもそれはあの大理石や石膏のように冷たく温度がないわけではないので、触れれば確かに弾力があり、皮膚へ触れる直前、あと数ミリというところに、その体温の予兆のようなものが感じられる。ベッドの中には気だるい、少し湿り気のある、生温かい空気があった。この中には、さきほどまでふたりが寄ってたかって証明しようとし、感じ取ろうとしたものが充溢している。張りつめ、上りつめてから一気に解放された、ひとつの情念の名残。それは夢であり、いつだかどこかで聴いた、バイオリンが奏でる官能的なしらべに似ている。
彼の身体に、触れてはならないような威圧的な空気を感じるのは、彼のことを知らず、そして知ろうともしない人間だけだ。彼はそんな壁を自分の周りにこしらえてはいない。もしそれを感じるとしたら、それは感じる側の人間がこしらえているのだ。恐れ多いとか、相手はすごいひとなんだとか、そういう意識によって。クラウドはもちろん、そんなことはぜんぜん考えない。彼への憧憬や称賛、もっと云えばあらゆるものへのあこがれの気持ちやその逆の卑屈な感情は、それを抱いているとき、結局はその本質を見る邪魔になる。クラウドはそれに気がつくのが、ひとよりちょっと早かっただけだ。たぶんそのちょっとの差が、こういう結果を生んだかもしれない。大きな手のひらにくっついた長い指がクラウド自慢の金髪のあいだに差しこまれ、時間をかけて毛並みにそって行き来する感覚にはもう慣れたし、その心地よさはあらかじめもうクラウドの頭皮の上に、髪の毛の上に、プログラムされてセットされているみたいに感じる。片方の肘をつき、頬杖をついた彼を見上げたときにこちらに返ってくる視線の柔らかさは、ことばにしなくてもいいのだし、できないものがあることをあかししている。これをことばにすることができるだろうか? あるいは、セックスのあいだにふたりのあいだで交わされるもののことを、ことばにすることができるだろうか。痛々しいものや、傷を引きずったものや、情けないものじゃなくて、ほんとうにほんとうの官能的な、美しいセックスのさなかに。
彼のそんな視線は、ただ受け止めることもできるし、なんらかの行動を返すこともできる。その選択はクラウドにすっかり任せられている。クラウドは気分で、それを選択する。胸に頬をこすりつけてみる。彼は頬杖を解いて、だらりと伸ばした腕の上に頭を置いた。もう片方の手は、相変わらずクラウドの髪の毛の中にあった。クラウドは顔を上げて、セフィロスのおとがいのあたりにくちづけた。彼は目を閉じていたが、それを受けて開いた。すこしだるそうに。眠いのかな、とクラウドは思った。セフィロスが眠そうにしているところは、セフィロスらしくないようで、すごくセフィロスらしい。クラウドはふたりの身体のあいだの、とてもせまい空間の中で、腕を伸ばし、セフィロスの首に巻きつけた。それからふたりはクリムトの「ベートーヴェン・フリーズ」の中の男女みたいに、抱きしめあった。なにか官能的なしらべは、相変わらずベッドの中で鳴り響いていた。