なんでも屋の概念が勃興すること

 

「とにかく、どうにかせにゃあならんよ、みなさん」
 ばりばり音でもしそうな黒髪を掻きながら、ザックスは頬杖をついて云った。
「確かにさ、生きてるっていいことよ。素晴らしいよ。空気おいしい、ご飯おいしい、お姉ちゃんきれい。でもさあ、そういうの楽しむには金がないとならないわけで、おれたち無職の集まりじゃん。どうしてくれんの? 若い男が三人集まってさ、そろいもそろって無職ってこれ、ちょっとやばいよ。信用ゼロよ。なんかしなきゃ。土管の整備でも、ドカタの兄ちゃんでもなんでもいいけど、とにかくなにかしないといかんよ。おれは働きたいよ。せっかくのおれの鍛えぬかれた身体が泣いちゃう。どう思うね、君たち」
 クラウドはセフィロスを見、セフィロスはまたクラウドを見た。メテオ騒ぎのごたごたが終結し、クラウドはいろいろあって、ミッドガルのはずれもいいところにひとりで暮らしはじめた。以前は老夫婦が住んでいたとかいう小さな一軒家で、二階に寝室がふた部屋、一階はリビングと水まわり、じめっとした地下室つき。有り金をはたいて買ったバイクの残りで家を買うと、クラウドは文句なしの文なしになった。世界を救おうがなにをしようが、そんなことは金にならないし、二十一歳の青年としては、この先も生きていくためになにか職にありつくか、自らひねり出さなければならなかった。これからいったいどうしたものかと思っていたところに、突如変化が訪れた。人生はいつもそうだ。なにか起きるにはどん詰まりまで行かなければならないが、でもそこまで行けば必ず突破口が開けるものなのだ。クラウドが体験したことは、ちょっと奇妙なことだった。つまり、死人が生き返ったというやつで、これは実際大変なことだった。
 ある日ドアをたたく音で、クラウドは目が覚めた。玄関を開けると、そこにいてはいけないひとが立っていた。ザックスと、エアリスだ。クラウドは当然だが混乱した。なぜって、どっちも死んでいるはずのひとであり、そうするとこれは幽霊ということになって、要するにお化けなのだ。
「お化け!」
 とクラウドは叫んだ。ザックスは大笑いした。エアリスも笑った。
「それがね、お化けじゃないの。だったら、楽しいけど」
 と云ってエアリスは自分たちが生き返った理由を説明したが、それはクラウドには難しすぎたし、ザックスにも難しすぎた。結局どうでもいいということになって、三人は再会を喜びあった。それは実に感動的な時間だった。嵐のような感慨が過ぎ去ったとたんに、クラウドにもうひとつ事件が待っていた。あろうことか、ザックスに引っ張られてセフィロスがちょっともじもじしながら現れ、クラウドは驚きのあまりさっそく彼を蹴飛ばしてしまった。驚きがすぎると、今度は恥ずかしさがやってきて、クラウドはまたセフィロスを蹴飛ばした。こうして彼はセフィロスを都合八回は蹴飛ばしたが、その上さらに七日間のぎこちない共同生活ののち、クラウドはついにセフィロスをぎゅっとやった。別れ別れの寝室は、ひとつになった。ザックスとエアリスは、エアリスが育った伍番街の家でとっくに仲良く生活していたが、クラウドがセフィロスと仲直りしたと知るや、とたんに駆けつけてきて、今度はセフィロスを見せもののようにクラウドの仲間たちに順当に引き合わせた。クラウドは不機嫌だった。セフィロスは動揺していた。ことに、幼なじみの彼女に面会した瞬間は、セフィロスに引き裂かれたかのような痛みを与えた。それはクラウドもまた同じだった。
「同罪ってことじゃない? あんたもおれも」
 クラウドは唇をとんがらかして云った。
「よってたかっていじめたみたいな気分だ。最悪だよ。あんたなんか死ねばいいのに」
 クラウドはそう云って、セフィロスにキスした。ふたりは街はずれの家で、本格的に、ちょっと初々しい同棲生活をはじめた。
 ふたりがそうして落ちついたとはいえ、世の中はまだ、事件があったときのクラウドの頭の中と同じように、一般的にいって、大部分が混乱していた。ライフラインは途絶えがちであったし、魔晄エネルギーに変わる新たな資源として注目されている石油も、安定供給には至っていない。なにより、これまで世界を牽引してきた神羅カンパニーはビルごとみごとにつぶれてしまい、それに代わって群衆を導くような力のある人物か団体の登場が待たれていたけれど、これはまだ現れそうになかった。もしかすると、現れないのかもしれない。各々がそれぞれの思うようにやってゆくような時代が、来ているのかもしれなかった。
「おれのせいじゃないよ。少なくとも」
 とクラウドは、人類を滅亡の危機に陥れた男に目を向けたまま云った。
「働くのはいいけどさ。でも、おれたち普通に働くにしても経歴が特殊すぎるよ。どっかが雇ってくれると思う?」
「思わない」
 ザックスがきっぱり云った。
「おれに履歴書なんか書かせたらひどいもんな。義務教育終了後、即座に神羅カンパニー入社、その後ソルジャーとして方々に活躍。ふむ、ではザックス・フェア君、君、事務処理は得意かね? いいえ、なんとかさん、なんしろ肉体労働派だったもんで。そうか、ではチームワークは苦にならない方かね? まあ、ものによりますね、なんとかさん。ところで君、なにか特技はあるのかね? まあ、すごく早く動くとか、ひとを殴り倒すとか、切り殺すとかですね。ふーむ、君はどうやら、うちの会社には向かないようだ。山賊か、盗賊でもやってくれたまえ。これで終わりだ。考えなくてもわかる」
「絶望的だね」
 クラウドがめんどくさそうに云った。
「山賊とか盗賊ってさ、おもしろそうだけど。岩陰で待ちかまえてさ、通りかかった金持ちを身ぐるみ剥いで、すっぽんぽんにしちゃうんだ。で、おれたちは戦利品のネックレスとか首にかけて、ああああーって云いながら、たき火のまわりを踊り回るんだよ」
「そりゃおまえ、なんかのテレビの見すぎだよ。しかもごっちゃにしてるぞ、なんか変な具合に。もうボスう、黙ってないでこいつなんとかしてよ。あんたの頭にいい案浮かばないの?」
 セフィロスはため息をついて、おれに訊かないでくれと云った。
「おれが働くことに向いていないのは、よく知っているだろうに」
 ザックスはそれもそうね、と云って、テーブルに突っ伏した。
「あーあ、まったくもう。おれはとっとと金稼いで一家の大黒柱になりたいのにさ。父ちゃんと母ちゃんに仕送りしないといけないし。途絶えてたからなあ、五年くらい。年老いた両親の手前、結婚もしたいし。第一女の子の家に転がりこんでるなんて、おれのプライドが許さないって話。金があったらな、いますぐ部屋借りてさ、ふたりで住んじゃう。でもさあ、婚約指輪って高えんだ、こないだびっくりしたっつうの。目玉転がり出るかと思ったよ。いい商売してるよな。一生に一度なんて云われたら、うんて云うしかねえじゃん? あ、でもウェディングドレス着たら、あの子かわいいだろうなあ……」
 ザックスがこのようにとりとめもないことをべらべらしゃべっているときは、考えごとをしている場合が多い。セフィロスは仕送りの途絶えていた五年間のことを思って、その原因になってしまった自分の過去の悪行のことを考えた。クラウドはクラウドで、ザックスの彼女のウェディングドレス姿など想像し、もしザックスが生き返らず彼女の方だけ生き返ったとしたら、そのドレス姿はもしかすると自分のためにあったのではないかなどと考え、万が一機会があったらこいつを殺してしまおうと思った。
「ああーあ、もう…………あ! そっか! 忘れてた! 閣下、あるぞ、おれらにできること。ほら、おれ云っただろ、トラックの上でさあ、おまえ覚えてない?」
「トラックう?」
 閣下は眉をしかめた。
「いつのトラック……ああ!」
 閣下は立ち上がった。ザックスも立ち上がった。そうしてふたりは同時に叫んだ。
「なんでも屋だ!」
 声は見事なハーモニーを奏で、部屋中に響きわたった。驚いて目を丸くするセフィロスをよそに、ふたりはハイタッチを交わした。
「よし、決まったぞ。おれって天才だ。そうなりゃ、まず事務所を開こう。受付用に電話おいて、ちらし作らなきゃあ。宣伝は大事だよ。おまえの幼なじみがやってる、あのバーに置かしてくんないかな? あの子かわいいよなあ。料理うまいし。ちくしょう、うらやましいよ」
「どうかなあ? おれちょっと、いろいろやっちゃったしなあ」
 と云いながら、クラウドは射るような目つきでセフィロスを見た。セフィロスはちょっと縮こまった。
「やめれやめれ。いつまでもそれネタに脅かさないの。自分の決まり悪さまでこのひとのせいにしちゃあかわいそうでしょうが」
「決まり悪いっていうか、尊厳の問題だよ」
 クラウドは唇をとんがらかした。
「だってさあ、おれ、みんなに散々からかわれたんだ。面食いとか、ろくでなしとか、趣味悪いとか。それが全部当たってるもんだから、ますますやるせない感じになっちゃうんだよ。エアリスがかばってくれなかったら、おれ憤死してたよ」
 ザックスは笑った。
「それはええかっこしいのおまえが悪い。鼻ほじってうげええとか云ってりゃよかったんだよ。いつもみたいに」
「おれそんなことしないよ」
「似たようなもんだろ?」
「はあ? おまえ死ねよ」
「なにい? せっかく生き返ったザックスちゃんに対して! やんのかこら」
 ふたりは殴りあう真似をしはじめた。おそろしくスローで、威力ゼロのパンチがザックスの頬にめりこむ。ふたりはつまるところ、殴り合いのシーンのスロー再生を再生しているのだった。クラウドの口から「バコオーン!」なる間延びした効果音が発せられる。ザックスはぬぐう、と一語一語はっきり云い、体勢を立て直してクラウドの頬に似たようなやたらにのろいパンチを繰り出す。今度は「ぶわしゃっ!」という効果音がついた。セフィロスは黙ってやらせておこうかと思ったが、黙っているとほんとうにいつまでもやっているので、肩をすくめて声をかけた。
「で、仕事の話はどうなった?」
 ふたりは殴り合いをやめた。
「もう決まったよ。なあ? 閣下」
「うん。事務所はまあ当座ここでもいいけど、とりあえず電話引いて、チラシ作って、配るんだ。酒場とか、広場とか、なんかひとが来るところ。乗り物はおれのバイクがあるけど、車くらいないと。リーブのこと脅かせばいいよ。あいつに仕事振ってもらうんだ。で、ある程度金がたまったら、どっかに事務所開いて、ザックスは別に愛の巣を作る。完璧だ、おれたち」
 ふたりはまたハイタッチをした。セフィロスはいつの間にそこまで話が進んでいたのかてんで見えなかったが、悪巧みとあったらふたりがそれこそ悪魔的な素早さでことを成し遂げてしまうのは昔からのことなので、ため息をついて、云った。
「なんでもと云ったが、なにをするんだ」
「だから、なんでもだよ。わかんないかなあ」
 クラウドがばかにしたように云ったので、セフィロスは両手をあげて、完全に黙った。
「よし、じゃあ今日はもう飲もう。なんでも屋結成記念日だ」
 と云ってザックスは出かける支度をはじめた。
「名前はストライフ社でいいよな?」
 こちらも支度をはじめたクラウドがふいにそう云ったので、服を脱ぎかけていたザックスは、はあ? と云って振り返った。
「なんでそうなるん? なんで? 代表おれだろ。発案者おれだし。断然フェア社だっつうの」
「語呂が悪いよ。それにさあ、この中でおれが一番偉いんだからな」
 クラウドは胸を張った。
「はあー? わけわっかりませーん。なんでクラウドくんが一番なんですかー? いつからそうなったんですかー?」
 ザックスがひとをいらいらさせる口調で云った。
「だってさ、いい? この中で、死んだことないのおれだけなんだぞ。生きてる人間のほうが偉いんだ」
 ザックスは口を開け、セフィロスを見た。セフィロスはいいから云う通りにさせておけというように、手を振った。
「ほら、反論できないだろ? だから、なんでも屋の名前はストライフ社。おれ代表なんだ。今日母さんに報告しよう。おれも、とうとう社長になったよ、従業員は二名だけど、いまにすごくでかい会社になって、左うちわになるんだって」
 クラウドはふふーん、と得意げに鼻を鳴らした。
「あのさあ、あんたさあ、あれ、あれでいいの?」
 ザックスは小声でセフィロスに云った。セフィロスは重苦しくうなずいて、「クラウドはああいう子だ、どうしようもない」と云った。

 

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