ベテラン新聞記者、捜査に導入される

「やあそこのすてきな奥さん、くそったれのカールはどこか知ってます? カール・コランダーですよ! 一応捜査官。自分はそいつの客なんですが。客っていうか、正確には呼び出しをくらったんだ! この忙しいのに! 明日の朝刊に出す記事が間に合わなかったら、もうクビだよ! 何度こんな目に遭わされてることか! こいつはまったく横暴ですよ! 国家権力によるパワーハラスメントだ。一般市民への弾圧! 今度記事を書いてやる。ああ、そこの部屋ですね、どうも。コーヒー? 失敬、お気遣いはありがたいんですが、ぼくはカフェインを禁止されてるんです。中毒なんですよ、あなた、煙草やめてから……ええ、ええ、ハーブティーなら大歓迎です。刺激はちょっと足りませんが、その件について文句は云えませんや。飲めるだけましと思わなきゃあ。おい、カール大公、なんの用だ? たまにはそっちから来るって気遣いを示せないもんかねえ? くだらないことだったら今度こそくびり殺してやるから! で、来年の同窓会に死体を持ってって、みんなの前でぶちまける。こりゃいいニュースになるよ!」
 カール大公、もといコランダー捜査官は、ひとのいい笑みを浮かべて、のべつ幕なしに早口でしゃべりながら部屋にやってきた男の肩を叩いた。男はひょろ長い身体をあたたかそうなセーターとストライプのズボンで包み、髪の毛は赤みがかったブロンド、眼光鋭く、高い鷲鼻と相まって、常に獲物を狙っている猛禽類みたいに見える。頭には、チェックのハンチング帽をかぶっていた。
「まあそう怒りなさんな、エヴァン皇帝」
 捜査官は彼の肩を押すようにしてソファにうずめた。
「こいつがさっき云ったわたしの知り合い、小学校からの同級生エヴァン・ピルヒェ記者です。アイシック・リポート紙の専属です。わたしら、いわばシーソーみたいなもんでしてな、こっちが特ダネを提供したり、彼が取材という名の潜入捜査してくれたり。で、うまくぎっこんばったんやって釣り合いを取ってるわけです。で、こちらさんが」
 とコランダー捜査官はセフィロスとクラウドを顎で指した。
「電話で話したミッドガルから休養に来てるおふたりだ」
「はじめまして」
 ピルヒェさんは、にっこり笑ってふたりに握手を求めた。不思議なことだが、彼が笑うと猛禽類みたいな雰囲気はたちどころにどこかへ行ってしまい、ひとのよさそうな、気さくな感じが全面に現れた。
「いやあ、セフィロスさん、あなた、今度うちのインタビューに応じてくださいませんかね? このところちょっとばかりこう、刺激的な記事に乏しいもんでね。あなた、有名なくせにめったにメディアに出てこないでしょう。うちでインタビューがとれたら、最高だなあ。久々にがつんと売れるでしょうよ」
 クラウドは話の途中から、この記者をにらみつけていた。セフィロスはちょっと寒気がした。これから相棒になるかもしれないというのに、これはまずい展開だ! で、彼はあわててその話を断り、頼むからもう話題にしないでくれと云った。記者はからから笑って、まあ、そんなところだろうと思ってました、こっちだって、本気で記事が書けるとは思ってませんよ、と云った。クラウドはにらみをやめ、セフィロスの寒気は解消された。コランダー捜査官が計画のあらましを友人に語って聞かせた。
「ってなわけで、われわれは教授を監視する必要に迫られてるんだ。でも、遺跡調査なんかに警察が簡単に同行できないだろ。だから、カモフラージュが必要なんだ。おまえはひとつ、その大学教授に突撃してきてくれんかねえ。激突したって構うもんか、そこらへんは任せるよ。この新米記者ストライフ君と一緒に教授に会いに行くんだ。で、よかったら同行取材させてくれないか頼んでみてくれよ。まあ十中八九断られるだろうが、別に断られたっていいんだ。大事なのは、この新米記者君の顔を教授の頭にインプットすることでね。実際の、許可されていない同行取材は彼ら神羅軍の面々と、われわれが担当する。もちろん、カメラ持ったり、ペンと紙を持ったりしてさ。少なくともその中にひとり見知った顔がいれば、万が一教授に見つかったときに、あのときの記者め! ってなるだろ。おまえに危険が及びやしないさ。あとあと、われわれ警察の捜査の一環だったときちんと説明する。新聞社のイメージが損なわれることはないよ。悪くないと思うね」
「悪くはないね」
 ピルヒェさんは云った。
「同行取材が許可されたら最高だろうな。こんなのどうだ? 教授の学術調査の進み具合を、週一で掲載する……教授本人の解説やらコメントつきで。成果がなくても構うことない。そういうときは、考古学における検証手法とかなんとかについて書いてもらうんだ。古代種のことに興味持ってるひとはたくさんいるし、それにここら一帯は昔から古代種とのつながりが深いから、うけるかもな。自分たちがその末裔だなんて主張してる団体もあるしな。DNAが別だとか、選ばれた人種だとかなんだとかさ。くだらない連中だけど、客にはなる。のちのち、ちょちょっと改訂して、本にして出版するんだ」
「おまえは商売っ気がありすぎるよ、昔から。まあだから、成功するんだろうけど」
「おまえはなさすぎなんだ。公僕なんて、やってられるか。それにおれだって、別に金を稼ぎたいわけじゃないさ。だいたい、新聞が売れたからっておれの給料が跳ね上がるわけじゃないんだ。でもそこに属してる限り、利益になるように振る舞ってたほうが安全だろ。おれの好奇心が潰えぬ限り、そしておれの指先が文章をひねり出す限りにおいて、おれはおれの天職をまっとうするってだけだよ。民衆に知識と情報を伝え、ってやつさ。啓蒙ってことばは嫌いだがね。説教臭いから。で、その上楽しませる必要もある。楽じゃないよ。楽な仕事じゃない。なんだってそうだけどな」
 ピルヒェさんはすごく早口だった。ことばや発想があとからあとから出てきて、口の動きがぜんぜん追いつかないという感じだった。そうしてピルヒェさんは、自分の仕事に関することを話しているときは、例の猛禽類みたいな雰囲気に、たちどころに戻ってしまう。クラウドはただびっくりして、ぽかんとピルヒェさんを見ていた。
「だけど、妙だな」
 ピルヒェさんはふいにふっと黙りこんでから、云った。
「インタビューした限りじゃ、あの教授、そんな物騒なこと依頼するような男には見えなかったのにな。温厚で、ちょっと気が弱くて、いつも周りの連中の顔色うかがってるようなところがあった。責任感が強くて……」
「人間はわからないもんですよ」
 ライオネル捜査官が云った。
「いや、そうなんだが、おれも仕事柄ちょっとはひとを見る目があるつもりでいたんだ。事件を起こすようなやつはなんとなくわかるんだよ。ネタになりそうだから。ここまで激しく間違うとはねえ」
「おまえの間違いか、なにかのっぴきならない事情があるのかもしれんよ。鏡のことが詳しくわかったら、たぶんわかるさ」
「単純に、専門分野には見境がなくなるとか、金のためとかいうことだってありえますよ」
 ライオネル捜査官は懲りずに云った。ピルヒェさんは肩をすくめた。
「まあいいさ。やってやるよ。これを機に、教授と少し仲良くなって、連載記事をお願いできないか頼んでみよう。もし彼が逮捕されたとなったら、それだけで特集記事が組める。本紙独占! 名誉教授の栄光と闇……とかなんとかな。で、いつ行けばいいんだい?」
「できれば明日の朝一番」
 コランダー捜査官は云った。
「今日と明日のうちに、できるかぎりのことを調べたりつきとめたりせにゃならん。いますぐじゃあいろいろ準備があるんで、無理だが。おまえは明日の朝刊の記事でも書けよ。いつもぎりぎりなんだろ? あのひとのいい印刷所のじいさんが、毎度頭を痛めてるって云ってたよ」
「おれはいいものを、時間をかけて推敲して書くタイプなんだよ。それを云うなら、毎朝必ず出さなきゃならないっていう現行の新聞システムに文句を云ってくれ」
 ピルヒェさんは苦々しそうな顔になって、二、三の確認をしてから、立ち上がった。
「作戦の前に、相棒と仲良くならなきゃな。君、いま時間あるかい? 三十分くらいでいいさ。一応、こつってもの伝授しておかなきゃ。ブンヤに見える方法だよ。まあ、メモ帳とペン持って構えてりゃ、誰でもそれなりに見えるけどな」
「ポラロイドカメラって、使いますか?」
 ピルヒェさんと一緒に近所のカフェバーについてから、クラウドは云った。セフィロスは捜査官たちと話し合うために、捜査局に置いてきていた。ピルヒェさんは昼飯を食い損ねたといって、大きなサンドイッチを頼んでかぶりついた。クラウドも小腹がすいたので、別の種類のサンドイッチを注文し、同じようにかぶりついた。
「ポラロイドは使わないね」
 ピルヒェさんは口をもごもごさせながら云った。
「フィルムが残らないだろ。フィルムが残ってるほうが、あとあと便利なんだ。もう一度写真を使いたいときなんかにな」
 クラウドはそうですか、と云って、首からぶら下げている、グロリア未亡人から譲り受けたポラロイドカメラを見やった。
「いいカメラだな。初期のポラロイドだろ。おれも似たやつを持ってた。ガキに壊されちまったけどな」
 ピルヒェさんがビールを飲んで云った。
「子どもがいるんですか?」
「ああ、いるよ。ふたりだ。上が女で、下が男。上のやつはもう結婚して、今度子どもが生まれる。下のは大学生だ。演劇をやってる。脚本家になりたいんだとさ。坊主は、いつごろ軍隊に入ろうと思ったんだ?」
 クラウドは首を傾けて、ちょっと考えた。
「十歳かそれくらいです」
「そりゃ早いな」
 ピルヒェさんは続きを促すように顎をしゃくった。
「で、十四のときに、志願して行ったんです」
「ふうん……うちの二番目は、十四のときなんか、毎日学校行って、帰りは友だちとふざけてたよ。映画や舞台にはよく行きたがったけど。やっぱりあれかい? 原因はあの英雄さん?」
 クラウドはうなずいた。胸の中に、ちょっと熱いものがこみ上げてきた。英雄であるところのセフィロスのことを考えるときは、いつもそうなる。
「いろんな人生があるんだな。まあだから、世の中面白いんだけど。学校の勉強なんて、必要なやつと、そうじゃないやつがいるしな。必要じゃないやつは、無理に行くことなんかないんだ」
 ピルヒェさんは云って、ビールを飲み干した。
「あの」
 クラウドは意を決したような声で云った。
「セフィロスに取材なんか、しないでもらえませんか? あのひと、今回のことがあって、おれがピルヒェさんに世話になったってことで、取材くらい引き受けちゃう気がするんです。あなたが、ごり押しすれば」
 ピルヒェさんは、目を見開き、それから……ゆっくり微笑んだ。
「心配するなよ」
 ピルヒェさんはクラウドの頭をがしがし撫でた。
「おれは、そこまでひとでなしの記者じゃないよ。そういうのもいるけど」
 クラウドはそれで、ほんとうにほっとした。ピルヒェさんとは、仲良くやれそうだった。
「今日の代金、おごらせてもらえませんか?」
 ピルヒェさんは大笑いした。
「君、なかなかおもしろい子だな。でもだめだ。十代の子に金を払わせる大人なんて、貧血ものだ。勘定はおれが払うんだよ。だけど、そうだな、そのかわり、今度コーヒーでもおごってくれよ。おれがミッドガルに出張に行って、手持ちが足りなそうなときなんかに」
 クラウドは帰り際、ピルヒェさんとしっかり握手した。「明日はよろしくな」とピルヒェさんは云って、慣れた様子でチョコボ車をつかまえると、「アイシック・リポート社まで頼むよ!」と叫んで、いなくなった。クラウドは、ちょっとばかり誇らしい気持ちだった。

 陽気なザックスに神羅ビル資料室での調査の依頼が飛んだ。彼はミッドガルにまだ残れるのがうれしくて、ふたつ返事で引き受けた。セフィロスは、ザックスのことだから明日中にはなにかしらのことをつきとめるだろうと云った。クラウドは、そのとおりだなと思った。ザックスはできる男だ。友だちとしては、ちょっとくやしいけれど。
 ふたりは明日に備えて英気を養うという名目のもと、ホテルのそばのカフェで盛りだくさんの夕食を食べることにしたが、クラウドが食事中突然、「そうだ!」と云って椅子から飛び上がった。セフィロスはびっくりしたように彼を見た。
「大事なこと忘れてた! おれ、新聞記者のふりするときの服、買わなくちゃ」
「……別に、そのへんの服でいいのではないか?」
 セフィロスは眉をしかめた。
「だめだよ。ぜったいだめだ。新聞記者には、それなりの服ってもんがあるんだよ。なりきらなきゃ、おかしいよ」
 クラウドはいそいで食料を胃につめこむと、セフィロスの腕をぐいぐい引っ張って、デパートへ連れこんだ。そうして男性用洋服売場の服という服に手をかけ、これでもかとばかりに荒らし回った。まるで攻撃的なアナグマかなにかがいて、猛烈にあたりをひっかきまわしているみたいだった。セフィロスはただあきれて……あるいは感心して……クラウドのすることを見ていた。彼はいくつかの服と帽子を選んで、満足して帰ってきた。
「買い物は終わったのか」
「あらかたね」
 クラウドは鼻を鳴らした。
「財布貸してよ。おれ、持ってないんだ」
 セフィロスはそうかと云った。
「これでもうばっちりだよ。あとは、明日を待つばかりってやつだ。楽しみだなあ」
 クラウドがのんきに云うので、セフィロスはちょっとため息をついた。
「そういえばさ、あんた明日どうするの」
 ホテルに戻り、ひと足先にベッドに入ってガス・ピストルをいじっていたクラウドは、風呂から上がってきたセフィロスに訊いた。
「おれがピルヒェさんと取材ごっこしてるあいだ」
 セフィロスは首を傾けた。
「それなんだが、ちょっとひとりでその古代種の遺跡とやらに行ってみようかと思っている。道の確認だ」
 クラウドは跳ね起きた。
「おれも行きたい!」
「だめだ」
 セフィロスはにやつきながら云った。
「おまえはピルヒェさんと取材の仕事だ。ザックスは鏡の調査をしているし、手が空いているおれが実地調査を引き受けるのは当然だろう」
「ずるいよ」
 クラウドはベッドの上でじたばたやった。
「おれも見たい」
「だめだ」
 クラウドは子どもみたいな泣き真似をはじめた。
「泣いても無駄だ。おまえは連れて行かない」
 クラウドはベッドの上でばたばたやりだした。
「行きたい行きたい!」
「だめ」
 セフィロスがベッドに腰を下ろすと、クラウドが飛びかかってきた。ふたりはベッドの上に倒れた。
「おれのこと連れてかないと、ひどいことしちゃうぞ」
 クラウドはセフィロスを下敷きにして、精一杯怖い顔を作って云った。
「どんなことだ」
「あんたを襲っちゃう」
「それは怖いな」
「ほんとだよ」
 クラウドはむきになったような声で云った。
「いっつもやられてるぶん、やり返してやる」
「いいから寝ろ」
 セフィロスは本気にしなかった。クラウドはもう怒って、セフィロスにキスした。結局すぐにやり返されて、ふにゃふにゃになってしまったけれど。

 

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