いにしえの神殿で、じりじりする待機
チョコボ車は順調に進んだ。ケルバはセフィロスと通った道をちゃんと覚えていて、みんなをリードした。相変わらず険しい顔つきで、ときおりうしろを振り返って、後方の仲間がちゃんとついてきているか、確認したりもした。
途中で一度休憩した。みんな外へ出てきて、手を振り回したり、首を回したりしはじめた。ザックスは得意のスクワットで、縮こまった身体をほぐした。セフィロスも車から降りた。昨日休憩をとった泉のそばだった。そして昨日と同じように、チョコボたちは湧き水を飲み、特製の飼い葉をもりもり食べていた。ザックスはそれを見て、腹が減ったと云った。そこで、人間たちも食料を補給することにした。ザックスは朝のうちに買っていたドーナツを半分持ってきていた。彼はみんなにふるまい、みんなそれをぱくついた。セフィロスは食べなかった。食べられるときに食べるというのはサバイバルの観点から見ると正しいが、彼はそれよりも、任務の最中に食事によって胃に血液を奪われ、神経が弛緩することを嫌っていた。ザックスは、ボスは本気モードに入っているんだなあと思った。当然だろう。クラウドのことがある。ザックスはクラウドのためにドーナツをふたつ残した。そうすれば、クラウドがこれを食べに戻ってくるとでも思っているみたいに。
短い休憩ののち、一同はふたたび出発した。約二時間後、彼らは古代種の神殿前に到着した。一同はいにしえの種族が残した壮大な建築物の前に、ため息をついたりただあっけにとられたりしていた。ザックスは驚いたときにいつも云う「ほあー」を云った。カドバン准教授はそそくさと車を降りて、夢を見ているようにうっとりした表情を浮かべていた。
「こりゃあすごい」
准教授は云った。
「まさしく、本物だ。ビデオ映像で見るのとは迫力が違う! この計算され尽くしたピラミッドの形状をごらんなさい! 美しい! 実に美しいですよ。彼らはほんとうに、偉大な種族だったのですなあ……」
セフィロスが相槌を打った。突然聞こえてきた「クエエ」という声で彼は振り向いた。ケルバが心配そうな顔で彼に鼻先を近づけていた。
「おまえもクラウドのことを心配してくれるのか?」
ケルバはもちろんだという顔で鳴いた。セフィロスは礼を云って、彼の首を撫でた。捜査官たちがきびきびと行動を開始した。チョコボ車を神殿の裏に隠し、ピルヒェさんとカドバン准教授をその中へ押しこんだ。そしてゲインシュタルトさんに、指示があるまでぜったいに、なにがあってもここを動かないように念を押して、具合のいい隠れ場所を探した。セフィロスとザックスはすることがないので、捜査官たちがどんな仕事をするものか見学していた。もしかしたら、自分たちに役に立つこともあるかもしれないと思ったのだ。それにふたりは、自分たちの隠れる場所ならもう相談して決めていた。ザックスは神殿の上のブロックのあいだに身を隠す。セフィロスは木の上。
すっかり準備が整って、みんな耳に小型の無線をつっこんで、マイクを服にくっつけ、持ち場についた。そうしてしばらく陽気におしゃべりした。これまでいかに危険な目に遭ってきたかの自慢話だ。捜査局の連中は、軍隊の仕事について詳しく聞きたがった。ザックスは神殿の上から、持ち前のよく転がり回る舌で、いろんなことをべらべらしゃべった。みんな笑った。セフィロスも、似たような話を何度も聞いていたにもかかわらず、思わず笑ってしまった。
かすかな車輪の音を聞きつけて、セフィロスは首を伸ばして森の中を見やった。捜査官たちにはなんにも聞こえなかったが、ザックスもその音をとらえた。
「あと三分ってとこかな?」
ザックスが云った。彼は神殿の上から、双眼鏡と持ち前の視力で遠方を確認した。
「ご一行まもなくご到着! チョコボ車三台のおなーりー」
みんなくすくす笑った。セフィロスは相変わらずのザックスに微笑した。
教授たちの乗ったチョコボ車が、がらがらと音を立てて神殿の前に停まった。彼らは長々と時間をかけて、荷物を広げたり地図を確認したり、いろんな器具や機械の調子を整えた。シノザキ助手が、チョコボ車からなに食わぬ顔で降りてきて、カメラや、なにかの計測機のようなものを次々に引き出しはじめた。ザックスはそれをいちいち報告した。
やがて、教授たちはチョコボ車を待たせて、神殿の中へ入っていった。少しして、中からたいまつの明かりがぼんやり漏れてきた。そして、タイミングを見計らっていたみたいに、シノザキ助手の乗ってきたチョコボ車から、小柄な男が降りてきた。彼は捕らえられた罪人をひったてるみたいにして、ひとりの少年に自分の前を歩かせていた。
「閣下!」
ザックスが思わず小さな声を出した。セフィロスがそれを聞きつけて、クラウドがいるのか、と無線で聞いてきた。
「みなさん、やばいぞ。チョコボ車からクルスが降りてきた。クラウドを人質にしてる。あいつに銃かなんか、向けてるよ。神殿の方に歩いてく……ベッポもだ。あとからついてってる。いま、ふたりとも神殿の入り口の横に陣取った。中を覗いてる。ありゃあ、なんかやりそうな雰囲気だ……」
みんな息をつめて動かなかった。ザックスからふたたびのんきな通信が入った。
「あいつら、入り口のとこで中を見張ってる。あいつらが入っていったら、おれも続けて降りてこうか? そんでいい? ボス?」
「それでいい」
ボスが答えた。
「アイアイ」
じりじりする時間が過ぎた。あたりは静まり返って、物音ひとつしない。
「動いた」
というザックスの短い声が、沈黙を破った。ザックスは神殿のてっぺんから躊躇せず飛び降りて、地面に音もなく着地した。そうして、神殿の入口へ回りこみ、中を覗いた。建物の裏手に待機していた捜査官たちが、じりじりと這い出してきた。
「イマージェンシーイマージェンシー、シノザキ助手が、石碑の前に立って、みんなにピストルを向けてる。その横に、閣下を人質にしてるクルスと、これまたピストル構えたベッポがいる。どうしよっか、ボス?」
「ふいうちの突撃だ。やつらを神殿の中へ行かせる」
「アイアイよ! でもおれだけじゃかっこつかないから、みんなも来て!」
捜査官たちがいっせいに駈け出した。