仕事はなかなかはじまらない
「そんなん、いきなり云われたかて、困りますわ。ボクのことばづかい? そんなんどうでもええんや。このくそ忙しいのに……あんさんがた三人そろったんやったら、世界征服でもたくらんだらええんとちゃいます? そしたら、ボクら敵ができたっちゅうて、団結しますわ。復興もまあはかどりますわな。気骨あんのんがぎょうさん出てきまっせ。ああ、それや、それがええわ。あんさんがた、悪の組織になってくれまへん? コピー機? 悪の組織がせせこましいですなあ。なんぼでもどうぞ。使用料なんかいりまへんがな」
というのが、リーブ氏のおおよその返答だった。そういうわけで、やや見こみ違いのスタートとなったなんでも屋ストライフ社の最初の仕事は、ちらしづくりとそれのコピーという、いかにも庶務的な仕事だった。だがはじまって早々、大変な問題が露呈した。クラウドは字が下手で、絵のセンスも壊滅的だった。ザックスはというと、クラウドほどひどい字とひどい絵ではないがこちらも鑑賞に堪えうるものではなく、ふたりはちらしづくりをはじめて五分で根を上げた。
「もうやだよ。こんなのさあ、どっかの業者に頼もうよ」
「ばか云えよ。おれら金がねえだろ? なんでも自分でやんなきゃなんねえの」
「でもさあ、こんなのまともな男のやることじゃないよ。セフィロス!」
クラウドは大声で呼んだ。裏庭を畑にするためにごそごそやっていたセフィロスが、勝手口からのっそりと現れた。
「ちらし作って」
彼は紙とペンをセフィロスに差し出した。ザックスは、クラウドはセフィロスのことをまともだと思っていないのだろうかと思ったが、考え出すとおそろしい深みにはまってしまいそうなので、考えないことにした。
「おれにできると思うのか?」
セフィロスは眉をしかめた。
「できるよ。大丈夫、あんたならできる。ぱっとひと目を引くようなさ、こう、なんていうか、小ぎれいなのひとつよろしく」
クラウドはテーブルから離れて、さっさとソファに転がると、バイク誌を読みはじめた。クラウドが座っていた椅子に腰を下ろし、セフィロスは難しい顔で紙に向き合った。
「あのさあ、あんた……いや、いい。なんでもない」
「なんだ?」
「なんでもないです、ボス」
セフィロスは首を傾げたが、しばらく四苦八苦して、ついに一枚のちらし……否それはもう作品という領域に足を踏み入れていた……を完成させた。二重線の枠で四面が囲まれており、一番はじめに豪勢な装飾を施されたなんでも屋ストライフ社、という力強い文字が踊り、その下に、なんでも請負います、報酬要相談、事情考慮、秘密厳守、というようなありきたりなことばが、ありきたりでない美しい文字で並んでいる。セフィロスは神羅のお偉方によってたかって身につけさせられたうず高い教養の山と完璧な品行のせいで、紙とペンを差し出されたら筆記体の見本のようなものを書いてしまうのだった。おまけに彼はなにをやらせてもそこそこにこなしてしまう才能の持ち主だったので、そのちらしはプロが友人のためにちょっとした息抜きに作ったというような仕上がりで、全体的にとても見やすかった。
「あんた、ちらし屋になればいいんじゃない?」
ザックスがコーヒー片手に嘆声を漏らしたが、クラウドはというと、顔をしかめて会社の重役が書類を確認するようにしてちらしを眺め、やがてうなずいてそいつをひっつかむと、とっととコピーに出かけてしまった。やたらめったらな排気量を誇るバイクのエンジン音があたりに響きわたった。
「あれがほんとうに仕事になると思うか?」
クラウドが出ていった玄関を見つめて、セフィロスは疑り深い顔で云った。
「なるなる。間違いないって。こんな世の中だからさ、困ってるひとなんて腐るほどいる。ぜーったいいる」
「……だといいが」
セフィロスはため息をついた。
「ところで、おまえがさっき云いかけてやめたことだが」
「あん? なんかあったっけ?」
「さっき、おれがここへ座ったときに」
「……ああ! あれな。大したことじゃないんだけどね。あんた、たまには閣下にちゃんとNO云った方がいいんじゃねって思ったわけ。でもすぐに、そういえばあんた昔からそういうひとだったなあと思って、そんで云うのやめたの」
セフィロスは肩をすくめた。
「ほら、よそから見たらまともじゃなくても、実はその内側はまともな関係ですっていう場合、結構あるじゃんか。そういうのってさあ、なんかあってもどうにかなることが多いし、それに他人がどうこう云うことじゃないじゃん? それこそ、いらなーいお節介しちゃうとこだったよ。あぶないあぶない。お口にチャックが間に合ってよかったっつうの。おれだいたい間に合わないからさあ。ほら、この通り、ピアニストの指からなる旋律みたくよどみなくしゃべっちゃうからさ。あ、こういう使い方あってる? こないだエアリスちゃんがね、なんかそんなようなこと云ってたから。おれ感動しちゃってさあ、こいつは使ってみようと思ったけど、やっぱだめだね、おれみたいににわかがやったら。締まらないね」
ザックスはいつものようにべらべらやりはじめた。セフィロスはいつものように半分くらい聞きながら、ちらしづくりで汚れたテーブルの上を片づけた。
「しかし、ほんとうに仕事が来るだろうか」
セフィロスはまた云った。
「来る来る」
ザックスもまた云った。それで、今度こそセフィロスも信じた。
「来ないねえ」
「来ないなあ」
ザックスとクラウドはここ数日、このやりとりを毎日飽きずに続けている。ときおり「来ませんね」「そうですね」だとか、「来ぬな」「うむ」だとか、「来やしねえよ」「ほんとによ」などになったりしたが、とにかく来ないということと、それに同意する短い会話が、日に十回は交わされた。
「ああ、もう!」
そうして一週間になりなんとしたとき、ザックスはついに爆発した。
「もう我慢できねえ。こんなだらだらした毎日、ザックスちゃん発狂しちゃうわ。閣下、おまえやっぱ幼なじみに頭下げて、あのバーにちらし置かしてもらえ。もっとひと目につくとこじゃなきゃ、ちらし置いても意味ない」
「ええ?」
クラウドはいやそうな顔をした。
「おまえが行けばいいだろ。ティファ、おまえのこと結構好きだよ」
「そりゃそうだろ、女の子でおれのこと嫌いなんての、そうそういないのよ? 自慢じゃないけど。あ、自慢か。まあいいや。おれが行ってどうすんだよ。おまえ幼なじみだろ? おれよか近い関係じゃん」
「でもおれよかよっぽど気楽に会話できるだろ」
「まあそれは否定しないけど。でもだめー。いいから行くの。おまえが行け、とっとと行け。幼なじみと絶縁してもいいのかあ?」
ああ、もう! と今度はクラウドが云った。そうしてセフィロスが作り、WRO本部で無料でコピーしてきたちらしを持って、出ていった。なんでも屋にはじめての仕事が入るには、それからさらに三日を要した。