戸籍の処理が終わることと年寄りの演説、真夜中の懺悔

 書類は、二日後につつがなく送られてきた。セフィロスは当日のうちにややこしい手続き上の情報を記入したが、仮の名字をどうするのかでやっぱりもめた。それで、クラウドがいっそのことあんたは最初からうちの籍に入るべきだ、と主張し、母親のところへそろって相談に出かけた。ストライフ姓の正当な後継者たる母親の意見はこうだった。
「ばかね、あんたたち結婚するために手続きしようとしてたんでしょ? なんでそれとこれ分割する必要があるわけよ」
 そういうわけで、ふたりは結婚もいっぺんにやってしまうことにした。翌日、婚姻届けも送って欲しいという手紙を添えて、書類を送り返した。婚姻届けは、速達でやってきた。手続きにはそれから三週間ばかりかかった。このあいだに、暦は無事一枚めくれて十一月を迎え、ニブルヘイムでは初雪が降り、クラウドの家のボイラーは調子が狂って母親の教授するやりかたにしたがって「ぶちのめ」されて調子を取り戻し、その母親は女の子を出産した。偶然それに立ち会ってしまったセフィロスは、やってきた産婆に父親と間違えられて取り上げたばかりの赤ちゃんを渡され、叱咤激励された。クラウドはその場に居合わせたのだが肩をふるわせて笑いをこらえ、あとあと大笑いした。娘の一番最初のだっこをとられたローコヴェンハウム氏は、いじけてなじみの店で酔っぱらい、どうせおれは妻の大事に家にいやしないろくでなしだと叫びながら近所の川につっこみ、あやうく凍死しかけて本物のろくでなしぶりをさらしてしまった。
 そうして、セフィロスは生まれてはじめての戸籍を手にし、クラウドはまたもとのストライフに戻った。ついでに、ふたりは同じ名字になった。正確に云えば、セフィロスはストライフ家の婿になった。
「すごくうれしいよ」
 クラウドは新しく発行された身分証を手に、にやにやした。
「やっぱり、これがおれって感じだ。クラウド・ストライフ。つづりが簡単だし、その割で名字がかっこいい。ローコヴェンハウムなんて長ったらしいの、もう二度とごめんだ。おれはやっぱりいつでも自分で自分にしっくりくるおれでなくちゃ。ところで、あんたはストライフにしっくりくるの? こないよな? だってこないだまでただのセフィロスだったんだもんな。まあ、名字なんてさ、そうそう出しゃばってこないよ。名前ほどは。目つぶってれば見えない」
 セフィロスは自分の生まれてはじめての身分証を隅から隅まで眺めた。誕生日は入籍日と同じにする、というのがクラウドの意見で、セフィロスに依存はなかった。十一月八日。なにを謀ったわけでもないが、クラウドの誕生日をひっくり返した日付になってしまった。覚えやすくて抜群だ、とクラウドも、それにその家族も云った。母親のほうではひそかにクリスマス入籍にロマンを感じていたようだけれど、お互いそういう甘ったるいことはぞわぞわするたちだから、その話ははじめからなしだった。それに、そんなに長いことニブルにいたのでは、ここに根が生えてしまって、動けなくなりそうだった。それほど、家の居心地が最高だったのだ。
 ザックスに電話で諸々を報告すると、彼は笑い転げた。クラウドとふたりで気味が悪くなるくらい笑って、そうして、おめでとうを云った。
「結婚祝いする? 祝賀会? 違うな、お披露目会っつうのか」
 気のいいザックスは云った。
「やらないよ。そんなの身内だけですませる」
 セフィロスは「身内」なることばにひどく感動している自分に気がついた。クラウドとその家族が、いまでは自分の家族なわけだ。彼はひとりでうまく云えない、どうしようもない感情から、笑ってしまった。そういうものが、まさか自分の人生に関わってくるとは思わなかった。
 ザックスとの電話を終えたクラウドがやってきた。
「そろそろ父さんが迎えにくるよ。母さん、きっとすごくはりきってる。身体が本調子じゃないけど、でもでっかいケーキ焼くって云ってた。おれよだれが出そう。パパも呼んだんだって。会合だってことにして、来るって云ってた。パパになにかお礼しなきゃ。どうしよう? あとで考えようよ」
 それで、ふたりはいわゆる身内だけのお祝いパーティーに出かけたわけだ。
 お祝いはすごかった。ふたりは家の前で結婚行進曲とクラッカーに平手打ちを食らわされ、母親の手になる急ごしらえのレッドカーペットの上を、玄関から庭まで歩かされた。ジュオム氏は終始にやにやしているし、クラウドはげたげた笑って、ちっともしゃきっとしないので、行進は遅々として進まず、玄関に到達するころにはセフィロスはちょっとぐったりしていた。カーペットのおしまいには、あきらかに段ボールで作ったと思われる祭壇があって、シーツをローブがわりに身体に巻きつかせた母親が立っていて、本物の結婚式みたいに、生涯お互いを愛することを誓いやがれとせまった。そうして、ふたりの頭に手作りの花冠を乗せ、花の首飾りをぶら下げた。カメラをかまえたローコヴェンハウム氏は、ふたりにしきりに一発キスしろと要求し、クラウドが調子に乗ってほんとうにキスしてきて、セフィロスは仰天し、硬直したところをパチリとやられた。それから、ダイニングテーブルで、宴会がはじまった。料理はほとんどデリバリーだったけれど、とてもおいしかった。クラウドはすごくたくさん飲んだ。ローコヴェンハウム氏も飲んだ。ジュオム氏は心臓のことがあるのであまりはめをはずさなかったが、かわりに立ち上がってひとつ演説をした。
「それではご列席のみなさま、これからひとつ、年寄りの長話をしようと思います。結婚! これは大いなる冒険であります。そして、こう云ってよければ試練であります。赤の他人のふたりが出会い、惹かれあい、結ばれる課程は実に美しいものですが、結婚となると、いやはや! みなさまもご存じのように、わたしの結婚生活は、あまり幸福なものではありませんでした。残念なことに、いまもって続いています。原因はひとつきり。そこに自らの意志がなかったからであります。自らの意志。これは、長い人生を送るにあたって、道を切り開くほとんど唯一の、力であります。わたしはいまもって、わたしがまだ若かったあのころ、自らの意志に従って自ら選んだ相手とことをなせばよかったと、思わずにいられません。これはわたしの人生で、ほとんど唯一の、取り返しのつかない大きな大きな失敗でした。でも、前を向いて話を続けましょう。前を向くことしか、我々にはできないのですから。人生にはいろいろな局面があります。それはとりもなおさず、結婚にもあてはまります……なぜなら、結婚とは人生をともにすることだからであります。相手の人生をもまた生きること。その中の、一部となることです。ですから、当然その中には、困難もありましょう。身も張り裂けそうなほどの悲しみもありましょう。苦しみも、絶望すらありましょう。相手にほとほと嫌気がさすこともありましょう。けれども、そういうときに、どうかふたりが、ともに歩もうとしたときのことを思い起こしていただきたい。そのときの気持ちを、印象を、思い起こしていただきたい。その輝きをです。そうして、どうか人生という大いなる試練を、ともに乗り切っていただきたい。これはとても、大切なことです。わたしはそう思います。さて、いつまでも話を続けるのもなんですから、このへんで終わりとしましょう。長話は無駄話とはよく云ったものです。では、ふたたび乾杯!」
 グラスがぶつかりあう音と、さかんな拍手。笑い声、おふざけ、ローコヴェンハウム氏のギターと歌、クラウドの百面相、ジュオム氏の踊り、クラウドの母さんの名物ばか笑い。それにびっくりした赤ちゃんが泣きさけぶ。子猫のエスメラルダは、そういうばか騒ぎが理解できないふうで、ソファの上であくびをし、しっぽを丸めて眠りこんだ。パーティーは夜更けまで続いた。クラウドは床の上に伸びた。ローコヴェンハウム氏も伸びた。クラウドの母さんは授乳中で酒が飲めないことについて、長いことぐだぐだ文句を云った。やがてジュオム氏が帰り、セフィロスはクラウドの母さんとふたりで後かたづけをした。彼女は疲れ知らずの母親だけれど、さすがに少々疲れているようだった。セフィロスはあとはやっておくと云い、持ち前の記憶力を生かして、あるべき場所にものを戻しはじめた。
「あんたみたいなのがいると便利ね」
 ソファに座り、横に置かれていたベビーベッドに視線を向けながら、彼女は云った。
「もの覚えがよくってさ。なんでもできるし。クラウドとくっついてくれてよかったよ。あの子、ほんとに家事なんてなーんにもできないから。そこがかわいいんだけどね。あたし思ってたのよね。この子はすごくいい子だけど、きっと亭主としてはろくでなしだから、年上で、すごくしっかりした女とくっつけてやらなきゃ、人生破綻しちゃうって。男って選択肢は、ちょっと思いつかなかったな。思いついてたら、もっといろいろ考えてあげられたかも」
 眠っていた子猫のエスメラルダが目を覚ました。ぎゅうっと伸びをして、しばらく戻ってきた世界になじむようにのんびりとあたりを見回してから、ソファから飛び降り、部屋を出ていった。
「あのさ、まだ片づけ終わらない? 終わらないんだったらそのへんにして、あたしの懺悔話聞いてくれない? いまから、ここ告解室ね。主のみ名において、罪を許したまえ。こんな感じ? あたし教会行かないから知らないけど」
 ちょうどゴミをまとめ終わるところだったセフィロスは、手を洗って、彼女が好きだというカモミールティーを作ってから、ソファに座った。
「おっ、なんて気の利く子なの。そういう顔しないの、冗談だから。あたし、ハーブ系が好きなわけよ。それっぽいのも好きなの。ハッカとか、スースーするやつも。クラウドはあんまり好きじゃないって云ってたけど。いくら顔と頭の中が似ててもさ、まるっきり同じじゃないよね。違うとこ、結構あると思うんだけど」
 セフィロスは話が本題に入るのを、辛抱強く待つことにした。それに、彼はこういう無駄話が嫌いではなかった。無駄話のほうが、案外そのひとの輪郭を、しっかり浮かび上がらせたりするものだ。
「うちのばか旦那がさ、こないだ云ったわけ、あんたと友だちになったって。そりゃよかったってあたし云ったけど。年齢的に、そうだもんね。で、あたし考えたんだけど。つまりさ、あたしとあんたはどういう方向で行くかなってことよ。友だち? それでもまあいいんだけど、なんかそういうくくりって、あんまりしっくり来ない気がする。それに、世の中ってさ、親子とか親戚とか友だちとか恋人とか、いろんなくくりがあるけど、それにおさまらないつきあいかたってのもあると思わない? あたしはそう思うな。なんでこういう話するかっていうとね」
 彼女はカップをテーブルに置いた。
「クラウドのことなんだけど。あの子ってさあ、あたしが十八のときにこんにちはした子なわけ。で、あたしそのときまだ鼻たらしたガキみたいなもんだったから……じゃあいまどうなのかって云われたら大差ないけど、でもあのころはほんとになんにもわかってなくて。母親になるなんてますます意味不明でさ。どういうのが正解かもわかんないし、でもあの子毎日ぎゃあぎゃあ泣くし、自慢のおっぱいがんがん吸われて垂れてくるし、そうこうしてるうちに旦那が死ぬしあいつどんどんでかくなるし。クラウドがある程度話せる歳になって、あたし決めたわけ。どうせこの世にふたりしかいない家族なんだし、あたしが母親なんてやっぱりちゃんちゃらおかしい、ここはひとつ、対等なあいだがらでいこうって。なんでも話せる友だち、欲しかったのよね、あたしが。ひとりで知り合いもほとんどいない村でさ、ガキひとり育てるったらこれ相当よ。心細かったんだよね、さすがのあたしもね。旦那に死なれてこたえてたし。だから、そうしたんだと思うわけ。あの子に、なんでもしゃべったよ、あたし。その日あったむかつくこととか、自分の男のこととか、近所のうわさ話とか。そういうのはじめたとき、あの子さあ、いくつだったと思う? あたしの記憶が間違ってなきゃ、五歳だった」
 彼女は鼻をすすった。セフィロスはテーブルの上にあったティッシュを取り上げて、渡した。
「ありがと。普通じゃないよね、そういうの。クラウドが出てって、落ちついて周りのガキとか見てたら思ったよ、普通じゃないことしてたんだって。母親に、今日の夜は家にいないであの髭のおじさんちに行ってもいいよ母さんなんて、六歳の子は云わないし、云うべきじゃないってこと。知らなかった。あたしの実家もはちゃめちゃで、すごかったからさ。嫌いじゃなかったけどね。でも、あんまり褒められたことじゃないのは確かだよね」
 セフィロスは同情をこめて微笑してみせた。こういう告白の最中には下手に口を挟まないほうがいいことを、彼は知っていた。
「あの子さ、すごく頭よくて。ものわかりがいいっていうか。あたしの話、わかっちゃうんだよね。ガキのくせに。あたしが男と別れて、酔っぱらってべろべろになってぶちまけてると、慰めてくれんの。そういうの、よくあるよ母さんとか云って。大人。もう大人顔負け。あたし後悔するたちじゃないんだけど、これだけはすっごく後悔してる。あの子のこと、早く大人にしすぎた。大人に求めるようなこと、求めてたなって思う。そりゃあの子、いまだにすっごくいい意味で子どもだけど……でも、あたしが云いたいのはそういうことじゃなくて……あの子が子どもだったときに、もっと子どもに接するように、接してればよかったってこと。だって、子ども時代って取り返しがつかないじゃない? あとからもう一度五歳をやり直したいなんて思ったところで、できるわけないじゃないよ。あたしがさ、もうちょっとあの子を子どもとして扱ってあげてたら……そうしたら、あの子、もっと同じような歳の子たちとうまくやれたのかなあとか、いろいろ思ったわけ。いい母親やろうなんて思ったこともないし、これからもそうするつもりなんかないけど……でも、やっちゃいけないことしたっていうのは、ずっと思ってる。だからこの子には」
 彼女はベビーベッドで眠っているふたり目の子どもに目を向けた。
「精一杯子どもでいてもらうつもり。でも、どうかな、女の子ってませてるし、大人のふりしたがるからね。あたしもそうだった。こんな話したのはさ」
 と云って今度はセフィロスにまともに視線を向ける。
「あの子のこと、共有して話できるひとが欲しいわけよ。あの子といっしょにいた十四年って、思い返せば思い返すだけ後悔しそうになることだらけで、そういうの、自分だけで抱えてるのたまに苦しくてさ。ばか旦那の前じゃ、あの子結構いい子にしてるから、こういう話は向いてないの。新しい父親は好きだし、好かれてたいって意識、あるみたい。気にするほどじゃないんだけどね。ま、そういうこと」
 云い終わると、彼女はちょっとばつが悪そうに肩をすくめた。打ち明け話に照れてしまったみたいに。それはクラウドが似たような状況でするしぐさに、とてもよく似ていた。彼も打ち明け話が苦手だ……したあとは、照れくささのあまりいつも態度がちょっと邪険になる。セフィロスは、そんなクラウドのことが好きだった。だから、目の前にいるその母親のことも、とても好きだと思った。それでセフィロスは、自分でいいならいつでもその手の話を聞くし、また、こちらからもクラウドの話を聞かせたいと云って、微笑した。クラウドの母さんは鼻をかんで、ため息をつくと、もう湿っぽい話は終わったというように、にっと笑った。それから彼女はセフィロスに向かって拳を突き出してきた。顎で同じようにやれと指図され、彼は握り拳を作って、同じように相手に向かって差し出した。ふたつの拳が合わさって、こつんと乾いた音を立てた。そういうことをしたのははじめてだったけれど、その意味は、セフィロスにもよくわかった。それは目には見えないけれどもとても大切なものを、交換した瞬間だった。こちらは相手の中に、そして相手はこちらの中に。胸の奥から柔らかい、すこしくすぐったいなにかが湧いてきて、身体中に満ちていった。それは空気を介して、お互いにも確かに伝わった。ふたりは微笑を交わし、カモミールティーを飲んだ。
「次、あんたの番。あんたの話聞かせて。もちろん云いたくなきゃ別にいいけど。たとえば、そうだなあ、あんたの子どものころの話とか」
 セフィロスは別に隠すこともないが面白味もないに違いないと前置きしてから、ゆっくりと話しはじめた。
「おれの子どものころの記憶は、薬品のにおいと白衣に満ちている。それから、ニスがけされてやたらとつやつやしているコンクリートの冷たい床。色は暗い緑。窓の外の太陽とリノリウムがとても場違いに思えた。つまり、おれの子どものときの記憶は実験室にはじまり実験室に終わっている。神羅の科学実験施設。いまはもう取り壊されてしまって、資料の中でだけ生き残っている。おれはずいぶんな歳になるまで、人間はビーカーの中かなにかから生成されて出てくるんだと思っていた。まわりは大人だらけだったし、これといってかわいがってくれたひとがいたわけじゃない。たぶん、子どものころの友だちは、本だった。あたりを見ていてもなにも感じるものがないんだが、本の中には、なにか心に響くものがあった。だから、それを求めてばかみたいに読んだ。十歳かそこらになってからの話だが、おれは世に大々的に売り出されるための、ありとあらゆる訓練を受けた。社交上のマナーやら、恋愛の手ほどきやら、とにかくありとあらゆる知識をつめこまれて、このままいくといつか溺れてしまうのではないかと思ったものだ。それから、戦争に駆り出された。十四か、五か、そのあたりだ。あとの十年ばかりはずっとそれが続いた。ほとほと嫌気がさしたころに、おれは生まれてはじめてまともな恋をした」
 エミヤが眉をつり上げてその話題への興味を示した。
「どんなひとだったの?」
「自称画家。収入のない、という前書きがつく。部屋の中を走り回って、突然一本足で立ち止まるようなひとだった。真っ赤な自転車を持っていて、前かごにくまのぬいぐるみをぶら下げていた。好きなものはバケツいっぱいのポップコーンと、麦わら帽子」
「だいぶ見えてきた」
 彼女は目を閉じて、なにか思い浮かべようとする顔をした。
「やせっぽちのそばかすちゃんだった?」
 セフィロスはちょっと驚いた顔をした。
「そうだ。太陽をめいっぱい浴びたせいでできるシミとそばかすと、笑いじわなら大歓迎だと云っていた」
「なにか怖いものがあったんじゃない? 他人から見たらすごくくだらないもの……待ってね、いま考えてるから……ドアとかの隙間?」
「惜しい。壁のシミ。白い壁はシミが目立つから怖くて眠れないといって、部屋の中を一面エメラルドグリーンに塗り替えて、不動産屋と大げんかした」
 彼女は笑った。
「あたしそういう子好きよ」
「クラウドもそう云っていた」
「なんで別れちゃったの」
「死んだんだ。つきあった相手が悪かった。しじゅう誰かに恨まれて、ぜひともこてんぱんにしてやりたいと思われているような男とは、つきあうべきじゃなかった」
 ふいにセフィロスの肩に、細い腕が回された。彼は眉をつり上げて、腕の持ち主を見た。幸いなことに、彼女の顔に浮かんでいたのは耐えられないほどの同情ではなかった。彼女はただ、小さく笑っていた。彼女の手が、数度優しく肩をたたいた。でも、それで十分だった。セフィロスには、それで十分すぎるほどだった。
「で、次がうちの子?」
 セフィロスはうなずいた。
「つながりがわかるような、わかんないような」
「おれもよくわからない。でも、ふたりとも実に子どもっぽいし、実に自分に正直だ。どちらも、それぞれ違った角度でとても魅力的だ。だから、おれはクラウドに関する限り、なにか間違った育てかたをされたとは思わない。誰にでもあるような欠点はいくつかあるが、致命的なものじゃないし、それに、人間として押さえておくべき根本を押さえられていれば、たいがいのことはどうにでもなる。肝心なのはそこだと思う。なにかを知るのに、早すぎたとか、遅すぎたとかいうことではなくて」
 彼女はすこし気だるげな顔で考えこんだ。それから、小さな小さな声で、そうかもね、と云った。子猫のエスメラルダが、ドアの隙間から顔をのぞかせ、緑に輝く目を向けて、まだ寝ないのかととがめるような声で、にゃあと鳴いた。ふたりはでも、まだ寝なかった。それからしばらくのあいだ、お互いにそれぞれ自分の気分に、向きあっていたのだ……ふたりの頭の中を、いろいろなことが駆け抜けていった。これまでにやり過ごしてきた人生のことが。

 

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