チョコの問題:2013

約束をするセフィロス氏とクラウド・ストライフ氏……一月二十四日
 
「じゃあ、おれもあんたも、チョコをプレゼントしあうってことにしよう。だって、ここの場合、おかしいもん。どっちかがチョコもらってどっちかがクッキーとか。おれそんなのやだよ。どっちも食べたい」
 この率直な意見に、セフィロスはたいへん納得した。と同時に、膝の上でクラウドが跳ねたので、微妙に痛みを感じ、彼は少しおとなしく座ってくれと云った。もちろんクラウドは自分の思いつきに夢中で、ぜんぜん聞いちゃいなかった。ますます手足をばたばたさせながら、
「お互いにさ、手の込んだチョコプレゼントすることにしない? だって普通じゃつまんないし。で、二月十四日に、せーので食べるんだ」
 セフィロスはすこし考え、わかったと云った。
「じゃあ、おれネタ考える」
 クラウドは彼の膝の上から飛び出して、部屋に駆けこんでいった。

憔悴のザックス・フェア氏……二月十四日
 
「ボス、おれあんたに慰謝料請求するよ」
 ザックスからいかにも憔悴しきったような調子の電話がかかってきたので、セフィロスは眉をしかめた。
「おれに? ……ああ、クラウドか……」
「ピンポン。あのね、あんたね、ほんとに、ほんっとに、あのクソッタレのウスバカチンのこと、どうにかしたほうがいいよ」
 受話器越しでも彼の憔悴と怒りは十分伝わってくるし、思い当たるふしはないがクラウドがなにかザックスの部屋でとんでもないことをしたのだという想像はつく。そういえば、ここ二週間ばかり、帰りが妙に遅かったり、休日は張り切って家から出て行ったりしていた。セフィロスはおそるおそる訊いてみた。
「すまない。この上ないほど謝っても足りないのはわかっているが、あいつがなにをしたのか聞かせてくれ。ことと次第では、これ以上おまえに被害を及ぼさないために、無理心中くらいは考える」
「いい。殺すなら閣下だけにして。あんたまで死んだら、おれちょっと後味悪いから。あのさあ、あんた、あいつからもらったっしょ? バレンタインデーの贈り物。あいつさあ……」
 それからおよそ二十分、ザックスがいつもの調子でまくしたてた内容に、セフィロスは頭を抱えた。

すてきな計画で頭がはちきれそうなクラウド・ストライフ氏……二月一日
 
「ザックス、ロフト借りるから。荷物邪魔だから適当に下に投げるよ。あとさあ、ちょっとくずとか飛び散るから、新聞紙一応敷いておくけど、もし残ってたら掃除しといて。それから、ちょっとうるさいかも。火花散っても心配いらないから。十日くらいかかるかなあ。本気出せば三日でできると思うけど、ほら、おれお勤めしてるしさ、一日二時間かそこらが限界だから。よろしく」
 クラウドは大きな紙袋をいくつか抱えてやって来て、ロフトへ上がっていき、ほんとうにザックスの荷物を放り投げはじめた。服、タオルのたぐいが次々に上から降ってくる。ザックスはそれらを受け止めながら、「あのさあ、なんの話?」とクラウドと会話をはじめるのに必須の問いかけをした。クラウドはロフトからぴょこんと頭をのぞかせて、いかにもひとをばかにしたような顔をした。
「カレンダー見ろよ。二月に入っただろ。二月にあるイベントといえば?」
「彼女の誕生日」
 クッションが飛んできた。
「それはおまえの個人的なイベントだろ? もっとさあ、公式のやつがあるだろ」
「……ああ、バレンタインデーですね」
「そうです、そうです。正解です。で、ほら、いろいろと下準備が必要なわけだよ」
「……なんの? おまえまさか料理すんの?」
 クラウドはすごく生意気な、すごく誇らしげな顔でぶっぶー、と云った。
「そんなばかみたいな真似しない。そういうのは、普通の女の子とかがやることだよ。おれは違うの。ひと味もふた味も違う。まあ、見てなよ。面白いもんができるからさ」
 クラウドは頭をひっこめ、鼻歌を歌いながら、ザックスのものをどかしたり、新聞紙を広げたりしはじめた。
「なんか音楽プリーズ」
「どんな」
「気分上がるやつ」
「……はいはいはいはい」
 ザックスは、クラウドがなにか計画を立てていて、それに向かって突き進むときは、怒っても無駄だし、問いただしても無駄だし、泣いても無駄だし、止めるなんてもってのほかだということを、よく知っていた。ザックスは音楽をかけた……要望通り、ノリノリのやつだ。クラウドは身体を揺すりながら、紙袋からなんだかよくわからないボトル、パウダーが入った大きな袋、サンダー、ノコギリ、錐、彫刻刀、やすりなどを取り出して、並べはじめた。
「……ま、いいけどさ。なんでも」
 ザックスはため息混じりに云い、クラウドのために冷蔵庫のジュースに手を伸ばした。

においと音に悩まされるザックス・フェア氏……二月二日〜
 
「くっさ!」
 次の日、ザックス・フェア氏が明け方戻ってきて真っ先に発したことばはそれだった。クラウドは当然もうロフトにはいなくて、部屋中に奇妙な、シンナーのような揮発性のある溶液特有の鼻をつく匂いが充満していた。
「……なにこれ」
 ザックスは顔を引きつらせ、あわててロフトへ登っていった……が、そのたくらみは途中で阻止された。階段の真ん中あたりに、天井まで届きそうな大きなボール紙が立ちふさがっていた。
「クラウドくんせんよう、のぞくべからず」
 ザックスはボール紙を前に考えた。閣下のことだから、このボール紙に触れたらとんでもないことが起きるようなしかけをしていないとも限らない。もしも部屋中にインクだのペンキだのが飛び散るようなしかけをされていたとしたら、それこそ事故直後の惨憺たる眺めは、想像するだに恐ろしい。そうでないとしても、性悪なやつなので、おそろしく面倒なしかけをしてあるに違いない。バッタが大量に飛び出すとか、おがくずがばらまかれるとか、色とりどりのクリップが雨あられと降り注いでくるとか、あるいはもしかすると、強烈な一撃をくらわされるだろうか? パンチングマシーンのようなものがこのボール紙の奥に隠されてあって…………
「……やめた」
 ザックスは心なしか青い顔をして、仕方なしに階段を降りはじめた。窓を開け放って、部屋中にこもっている強烈なにおいを外へ逃がす。
「閣下のやつ、ぶっ殺してやる。今度こそぶっ殺してやる。ぜったいに殺してやる。この世に肉の破片も残んねえくらいめためたにしてやる」
 ザックスはダウンジャケットを着て震えながら、呪詛のようにつぶやいた。
 次の日は、まだ眠っていた午前十時ごろ、ウイーンという鋭い、歯医者を思わせるいやな音に飛び上がるはめになった。慌ててロフトを見ると、クラウドが来ていて、工具でなにかの塊を削っているみたいだ。
「閣下、かーっか、か・っ・か! 聞けこら」
 クラウドは虫酸が走るような音を中断した。
「なに、ザックス」
「なにじゃね、死ね。おまえさあ、ひとんちでなにやってんの? ほんと、あのさ、いい加減にしてくれる? おまえに鍵渡したのがそもそも間違いだったわ……」
 ザックスはベッドに突っ伏した。
「まあまあ、あんまり気にするなよ。神経質って、よくないよ。大丈夫だよ。おまえの家の床削ってるわけじゃないしさ、壁を掘削してるわけでもないから」
「……そういう問題じゃねえし」
 クラウドはため息をついた(ため息をつきたいのはこっちだ、とザックスは思った)。
「まあ、起きたんならテーブルの上にご飯あるからさ、食べなよ。新発売のバーガー、並んだんだ」
 クラウドはちょっと胸を張り、またぞろすさまじい音をたてはじめた。
「……おれの怒りはファストフードで解消される程度のもんだと思われてるわけ」
 ザックスはため息をつき、起きだして、ダイニングテーブルまで歩いていった。ファストフード店の紙袋を開けると、このあいだ発売になった数量限定のデラックスバーガーなる、パテが五段重ねになったやつと、メガサイズのポテト、同じくメガサイズのコーラが入っていた。チーズソースもついている。
「……腹減ってきたっつうの。ああーもう!」
 ザックスは完全に目が覚めてしまったので、頭をかきかきバスルームに向かった。
 クラウドはそれからほぼ毎日、例のウィーンという音やガリガリという音、それに、ざくざくだのシャーシャーだのという音をしょっちゅうたてて、なにかを懸命に削っていた。そういう状態が約二週間続いて、いい加減ザックスも慣れてきたころ、クラウドは突如ロフトから撤退した。最後に、ほのかな甘い香りを残して。

チョコレートを食べ合うセフィロス氏とクラウド・ストライフ氏……二月十四日
 
「てなわけ。わかった? おれもうほんとにさ、ロフト占領されるわ、毎日うるさいわ、くさいわでもう、精神ダメージ9999なの、わかる? あんたさあ、ほんとにあいつどうにかして」
「……ほんとうに悪かった」
 セフィロスは平謝りに謝った。
「それでもクラウドを見捨てないおまえに敬意を表する」
「見捨てないんじゃなくて、見捨てらんないの。あんなやつ、おれ以外に友だちできるわけないもん。違う? だいたいおれに云わせりゃ、あんたなんか義理堅くて宇宙人のレベル。よく腹たたないわ。すごいね。尊敬する。まあ、そんなこと云いあっててもしょうがないけどさ、おれが請求する慰謝料ね」
 ザックスは咳払いした。
「当面、あいつのことおれに近づけないで。おれの部屋に出入り禁止。ちゃんと守ってよ。守んないと、今度こそ絶交だから。いい? ちゃんと云っといてよ」
 セフィロスは、天に誓ってクラウドには云いつけを守らせると云った。電話は切れた。セフィロスはため息をついた。
「ザックス、怒ってた?」
 クラウドがにやにやしながらソファに近づいてきた。セフィロスは怖い顔をした。
「おまえには、当面の接近禁止令が下った。あいつの部屋に出入りするのも禁止だ。鍵はおれが没収する。だいたい、おまえはどうしてそうなんだ。自分がどれだけ迷惑行為を働いているのか、わかっているのか? わかっていないだろうな。わかるほどのやつなら、はじめからしない」
「もちろんだよ」
 クラウドは云い、鼻を鳴らした。
「そこがかわいいんだ。母さんがいつも云ってた。あんたって、そういう無邪気なとこがとってもかわいいのよねって」
 セフィロスはいますぐに彼の母親に電話し、あらんかぎりの悪態をつきたいような衝動に駆られたが、どうにかこらえた。
「だけどさあ、ザックスだって喜んだはずなんだよ? だって、おれあいつにもあげたもん。バスタードソードチョコ」
 セフィロスは喉が詰まって、なにも云えなくなってしまった。
「あんたの正宗チョコと同じくらい大きくて、手間がかかってるんだ。型から作ったんだから当然だよ。大変だったんだよ。アクリルを生成するとこからはじまったんだから。モノマーとポリマー買ってきてさ、でかい四角い型に流しこんでさ、固めて、削って、チョコ取り出しやすいように分割してくっつけてさ。型ができたらできたで、チョコ溶かして流しこんで固めないとけないしさ。業務用の冷蔵庫レンタルしちゃったよ。こーんな(と云ってクラウドは両手をいっぱいに広げた)でっかいの」
 セフィロスは、いつものことだが、クラウドを叱責した自分に罪悪感さえ感じはじめた。そうなのだ、クラウドは一生懸命に頑張った、ひとを喜ばせようとして必死だったのだ。ちょっとやり方はまずかったけれど、結局のところ、彼はとてもいい子なのだ……ザックスが聞いたら死ねと云いそうなことをセフィロスは考え、結局、またクラウドのことをちゃんと叱って、間違いを正すことができなかった。
 セフィロスは目の前のローテーブルにどかんと乗っている、先ほどプレゼントされたばかりの正宗チョコを見やった。全長四十センチはありそうな本格派で、クラウドが採寸し、計算までして正確に割り出した1/5スケールなのだ。正宗貸せ、と云われたときにはなにをするのだろうと思ったが、クラウドは同じ調子でザックスのバスタードソードも採寸し、計算したのに違いない。こんな大きなチョコレートを渡されたザックスはどう思っただろう……それを考えると、セフィロスはなんだか笑ってしまいそうになる。こんなでかいチョコ食えるか、とか、なんでおれにプレゼントするのよとか、さんざん悪態をつきながら内心ではちょっと嬉しかったりもする、そんな彼の姿が浮かぶような気もする。もしかすると、ザックスは照れくさくてクラウドに会いたくないのではないか? 考えられないことではない。でかいバスタードソードチョコをプレゼントされたザックスは、それをどうしただろう? 食べるだろうか? もしかすると、写真に収めてから、一気に食べるのかもしれない。チョコにかじりつくザックスを想像すると、頬が緩んでしまう。
「で、あんたこのチョコどう思った? うれしい? クラウドくん天才? おれってすごい? かわいい?」
 セフィロスは微笑した。
「かわいいは余計だが……ああ、わかった、わかったわかった、かわいい、認める。こんなチョコレートはおまえにしか作れないし、第一、普通考えつかない。考えても実行しようとしない。すごい。脱帽する。シャッポを脱ぐ。ひとつ云うなら、このすばらしい発想力をもう少しいろいろな方面で発揮してくれるとうれしいのだが……礼儀だとか、社交性だとか」
 クラウドはばかにしたように鼻を鳴らした。セフィロスは彼のかわいらしい鼻にキスして、立ち上がり、台所から大きなピンク色の、円形の箱を持ってきた。細かいチョコボ柄がプリントされていて、リボンがかかっているやつだ。
「で、これはおれからだ。おまえのように製造工程からすべて携わるということはしていないのが後ろめたいのだが」
 クラウドはまた鼻を鳴らした。
「ま、しょうがないよ。おれみたくするには、ちょっと特殊な才能が必要だからさ」
 クラウドはひとさし指でつんつんと頭を叩いた。
「で、開けていい?」
「もちろん」
 セフィロスはうなずいた。クラウドは目を輝かせながらリボンを解き、蓋をとった。そうして目を見開き、息を呑んだ。
「チョコボだ!」
 箱のなかには、立体のチョコボチョコが収められていた。二十センチほどの高さのあるチョコボで、くりくりしたかわいらしい目、とんがった頭のとさか、羽根や足の爪までなかなか精巧に再現されている。クラウドはうっとりした顔で、チョコボをあっちからこっちから眺め回した。
「かわいいなあ!」
 クラウドはつぶやき、セフィロスは微笑した。それから彼は立ち上がって、紅茶を淹れた。チョコに合うとか宣伝されていた、青りんごとベルガモットのいい香りのするやつだ。ポットとカップを持って戻ってくると、クラウドがチョコボチョコと、正宗チョコを並べて写真に撮っていた。
「じゃあ、せーので食べようよ。思いきりよくかじるんだよ。がつんとかじるんだ。情け容赦なく。いい?」
 セフィロスはうなずいた。
「せーの」
 クラウドはチョコボの頭をかじり取り、セフィロスは正宗の切っ先を破壊した。
「うま!」
「甘い」
 ふたりはほぼ同時につぶやき、お互い顔を見合わせてげらげら笑った。それから紅茶を飲み、またげらげら笑った。クラウドは正宗チョコを作った型を持ち帰っていたので、セフィロスは見せてもらった。八つのブロックに分割された透明なアクリルの塊を見ながら、セフィロスはクラウドの二週間の努力を想った。それから、チョコボ型のチョコを生産していそうな業者を探しまわり、好みのものがなかったので特注で作ってもらったことをあれこれ思い出した。クラウドは時間をかけた。セフィロスはちょっと、お金をかけた。どっちがいいとか、悪いとかではないけれど。でもセフィロスは、やっぱりクラウドの努力のほうがえらいような気がしたので、来年はひとつ自分もモーグリ型でも作って、クラウドにプレゼントしようかなと考えた。
 クラウドは三日でチョコボをこの世から消滅させてしまった。セフィロスはその四倍くらいかかって、なんとかチョコを食べ終えた。最後のひとかけを食べるときには、もうカレンダーが一枚めくれそうだった。つまり今度は、このお返しを考えなくてはならないのだ。甘ったるいチョコレートを味わいながら、セフィロスは頭を悩ませた。

 

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