ようやく保養地へ
ゲインシュタルトさんと二頭のチョコボは、息がぴったり合った仕事をした。二頭は街中をゆっくり抜けて、雪原に出ると、我が意を得たりとばかりにリズムよく駆けだした。先輩のケルバのほうがいつも少し先を行って、後輩が遅れすぎたり、勇みすぎたりすると、ぐっと踏みしめるようなきびしい歩調になってそれを諫めた。彼らは、道を身体で覚えているみたいだった。ゲインシュタルトさんが手綱を握っていたけれど、でも彼はほとんどチョコボに任せて、あんまり手綱をあっちに引いたりこっちに引いたりしないで、介添えをする程度だった。ゲインシュタルトさんとチョコボは、信頼しあって、共同で仕事をしていた。
「チョコボってのは、最初っから思うように走ってくれるわけじゃねえのよ。育てないとだめなんだ。人間と一緒でな」
とゲインシュタルトさんは云った。
「この仕事には、集中力と忍耐が必要なんだ。どうしたって必要な能力だけど、どっちもそうそう生まれつき備わってるもんじゃねえ。ちいとばっか、訓練が必要だ。経験のあるチョコボと、そうじゃねえのとをペアにして、一緒にやらせる。そうすっと、若い方もそのうちこつを飲みこんで、ちゃんと仕事するようになる。最近の連中は、ろくすっぽ仕事教えもしねえで、自分がチョコボを操作するんだなんて思うからいけねえや。やたらに手綱引っ張ったり、あっち向かせたり、こっち向かせたり。こいつらだって、自分の考えとか、性格とか、プライドってもんがあるんだ。大事なのはな、ちゃんと育てて、仕事しやすいようにしてやることさ。そしたらいい相棒になる」
クラウドは走っているチョコボを眺めながら、すごく感心してゲインシュタルトさんの話を聞いた。およそすべての生き物は、こっちが敬意を払って、友だちに接するように接すると、ちゃんと友だちになれることをクラウドは知っている。だてに田舎の子じゃあないのだ。
ゲインシュタルトさんは、クラウドのそういうところを、なんにも訊かなくても理解できた。生き物が好きで、好きだから友だちになるタイプは、見ればわかる。繊細で、ちょっと引っこみ思案で、すごく優しい。はにかんだような雰囲気をまとっているひとが多い。それは少年のころのゲインシュタルトさんもおんなじだった。彼は、少年に手綱を握らせてあげた。少年の目は輝いた。ゲインシュタルトさんが父親にはじめてチョコボ車を一台任せられたのも、これくらいの歳のころだった。そのときのうれしさといったら、いまでも思い出せる。彼はもう六人も子どもがいたけれど、こんな子どもがもうひとりかふたりいてもいいな、と思った。子どもはいつだって、いいものだ。自然の賜物だ。チョコボや、彼の暮らすこの雪原とおんなじだ。でもたぶん年齢的に、子どもよりも孫を期待するのが自然ってものだろう。
チョコボ車の中のザックスは、にやにやしながら馭者台の友だちを眺めた。
「閣下が手綱握ってるよ」
セフィロスは身を乗り出して、車の正面についている四角い小さな窓から馭者台を見た。
「あの子は、こういう仕事をするべきなのかもしれないな」
セフィロスは感慨深げに云った。
「チョコボ車の馭者? でもあいつ前、乗り物か機械の整備士になりたかったって云ってたよ。整備のマチェットじいさんが、あいつはものになるって云ってた」
「それもいい。あの子には向いているものがいろいろとある……兵士を除けば、実にたくさん。なぜよりによって一番向いていないものに向かってきたのだろう。神はなにをお考えなんだ」
「あんたのことでも考えてたんじゃない?」
ザックスは云い、けたけた笑うと、たのしい雪道、なる童謡を歌いはじめた。南国生まれの彼は、小さいときこの童謡を覚えたものの、いったいなんのことだかよくわからなかった。けれどもいまこうして雪に覆われた大地の上を走っていると、きらきら輝く雪の美しさや、枝の上に雪を乗せた木々の梢のなんともいえない様子に、無性に楽しくなってくる。ザックスは生まれてはじめて、雪道がすごく楽しいってことを知ったのだ。彼は鼻歌でずっとその歌を繰り返した。保養地までは、あと二十分足らずで着くはずだった。
チョコボ車はゆっくりと、保養地に到着した。したと云っても、ここには名前なんかないし、門があるでも、柵が巡らされているでもなく、ただ看板がかかっていて、小さなコテージがひとつと、小屋みたいなものがいくつかあるだけ。その後ろには森が広がっているだけで、施設らしきものはなんにも見えない。このコテージには管理人一家が住んでいて、保養地でしばし羽を休めるひとたちは、最初に管理人さんのところへ寄って、あれこれの説明と、鍵を受け取ることになっている。
ゲインシュタルトさんは三人を無事届けると、クラウドの頭をぐりぐりなでた。
「おまえはなかなか見こみがあるよ、坊主。もし仕事に困ったら、トルギポリの馭者のゲインシュタルトさんのとこへ来な。そう云やあ、みんなわかる。まあ別に仕事に困ったでなくても、いつでも遊びに来るといいや。チョコボがわんさかいるからよ」
クラウドは二頭のチョコボにお別れのあいさつをした。パンゴは首をくるくる回して残念そうに鳴き、ケルバは相棒ほど感情をあらわにしなかったけれど、自分の身体をくちばしでごそごそやって、長くてきれいな羽を一枚くわえると、クラウドに差し出した。クラウドは礼を云って、両手でしっかり受け取った。それから、ポケットにしっかりしまった。ザックスがそれを見てにやにやしながら云った。
「君たち君たち。行きがあるってことは、帰りってもんがあるってことを知ってるかね?」
彼はゲインシュタルトさんに、いつになるかわからないが、帰りもぜひお願いしたいと云った。ゲインシュタルトさんは大きな声で笑って、帰り道のことはぜんぜん考えていなかったと云った。クラウドとチョコボたちは、ちょっと恥ずかしそうにいっせいに首をすくめた。クラウドは写真を撮らせてくれと云うつもりだったけど、それは帰りにとっておくことにした。
チョコボ車を見送ったあと、三人はめいめいトランクを抱えて、えっちらおっちら管理人が住むコテージに向かった。
「いやいやいやいや、これは気がつかなくて申し訳ありません。わざわざここまで荷物と一緒に歩いてきてくださるなんて。気がついていたらそりを引いていきましたよ。それに乗せたら楽ですからね。わたしが子どものころは、よく丸太を乗せて運んだもんです。大きな犬を飼っていましてね、そいつらに引かせたりなんかしたもんでね。ああいや、すいませんな、うっかりすると昔話になってしまって。六十を越えると昔が懐かしくていけませんね。もちろん、まだ年寄りなんてほど年寄りとは思いませんが」
というのが保養地管理人ピエントさんの、やや長ったらしい第一声だった。ベルの音で玄関に出てきた彼は、てっぺんが薄くなってきた褐色の髪を丁寧になでつけ、鼻の下に小さなひげをはやし、赤いチョッキを着た、ちょっとしゃれた人物だった。小太りで、髪とおんなじ色の目は小さいながらくりくりしてよく動き、下膨れの形をした赤みがかった鼻と、いまにも口笛を吹きそうなひょうきんそうな口元をそなえており、この人物が、まだまだ茶目っ気をたっぷり残した愉快な人物だということを告げている。ご一行は、この管理人さんにかわるがわるあいさつした。
「さあさあ、中へどうぞ。お待ちしておりましたよ。どうかお茶を一杯飲んでいってください。そちらの子なんて、ほっぺたが真っ赤だ。よっぽど寒かったでしょう。もちろん、りんご病か赤ら顔なら話は別ですが。どっちでもないでしょう? ええ?」
もちろん、クラウドはどっちでもなかった。りんご病は子どものときにやってしまったし、赤ら顔なんてぞっとする。彼は、自分のほっぺにそっと触ってみた。氷みたいに冷たかった。もちろん彼だって北国の子だから、ちょっとやそっと寒くたって平気だ。でも、保養地に来たその日に風邪を引くなんていやだった。それで彼は、急いでピエントさんの家の中に入った。
家の中はすごく暖かかった。暖炉の火が赤々と燃えていて、そのほかに薪ストーブもあって、そのそばに白い毛玉みたいな中型の犬が一匹寝そべっていて、ご一行が入っていくとちょっと顔を上げ、鼻をひくひく動かした。三人はリビングのソファに案内された。ピエントさんの奥さんらしきひとが、お茶とお菓子を運んできた。すごく太っていて、赤ら顔で、歩くたびに身体が左右に揺れるようなひとだ。髪型ときたら博物館級で、流行に百年くらい遅れていて(もしかすると先を行っているのかもしれないけれど)、広い額には細い毛の束がちょうど「の」の字を横にしたようなうずまき型で五つ並んでおり、残りの毛を頭のてっぺんに高く積みあげて、ベルみたいな形にしていた。こんな頭、三人は古い映画の中でしか見たことがなかった。クラウドは笑いをこらえるのにすごく苦労したし、ザックスは口を閉じるのをしばらく忘れていた。セフィロスは大人だったので、奥さんに丁寧に礼を云って、お茶をいただくことにした……それで、ご夫人は真っ赤になった。なにしろ、若いいい男に丁寧な口を利かれるなんて、何十年ぶりかのことだったのだ。
ピエント夫人は、頭はちょっと大変だったが、料理の腕は最高だった。彼女の運んできたお茶はとびきりおいしかった。一緒についてきた焼き菓子は、舌がどうかなりそうなほどおいしかったが、身体がどうかしそうなほどこってりして、カロリーも高そうだった。もちろん、クラウドはなんでもよく食べるので、全部食べた。それでピエントさんの奥さんは気をよくし、若い子はすぐお腹が空くに違いない、うちの息子も昔はひとりで四人前は食べたものだと云って、巻きパンと、ハムやチーズを挟んだサンドイッチをどっさり持ってきた。クラウドは猛烈に食べた。ほんとのとこ、彼はお腹がすごく空いていた。だいたいいつも空いているけれど、なにしろそろそろ夕食の時間だったのだ。
「まあまあ、そんなに腹ぺこだったの。これは夕食をうちで食べていってもらわなくっちゃ。気が利かなくってごめんなさいね」
それで三人は急遽食堂に移動し、食事をしながらいろいろと話を聞くことになった。
「ここら一帯には、全部で十のコテージがあります。それが、百二十ヘクタールの広大な森と平地と湖の中に、点在しているわけです。おかしな保養地でしょ。もともと、ここの持ち主の方は、商売する気なんてないんですよ。変な方でね。昔このあたりはサナトリウムが建っていたんですが……ああ、そう、わたしはそこで働いていて、そのままここの管理人になったんですが……家内は、看護師でしてね。それが閉鎖されたあと、このあたり一帯に、大型レジャー施設を作るとかなんとかいう話が出たんです。開発ですな。で、さる資産家の方が、それを憂慮なさった。ここら一帯の美しい自然を勝手に開発されないために、金をつぎこんで土地を自分のものにしてしまったんです。そういうわけで、一応名目は保養地になってますが、実際はまじりっけなしの大自然ですよ。まあ、ぜんぜん繁盛しませんね。いまは誰もいません。お客さんがただけ。わたしはいいんですけどね。あちこちでゴルフの練習したり、動物を見たり、好きにできるから。それでいて、給料はもらえる。いい仕事ですよ、はっきり云って」
セフィロスが、そういう奇特な精神の持ち主がいる限り、まだまだ世の中も捨てたものではないと云った。
「ほんとですよ。ほんと。だって、このあたりがレジャー施設になんかなってごらんなさい。このへんの美しい景色は台無しだし、動物たちの居場所はなくなるし。このへんには、実にいろんな生き物がいますよ。極寒の地にだって、ちゃんと生きてるものがいるってのはたいしたことです。ほんとに」
それから、ピエントさんはこの保養地でのルールみたいなものを一応説明してくれた。
「好きになさって結構ですよ。狩猟と、火事を出すこと以外ならね。鍵は念のためお渡ししますが、まああってもなくても似たようなもんです。ええと、コテージはふたつご用意でよろしいんですか? ひとつじゃなしに? そうですか。まあ、おんなじことです。値段以外は。あなたたちが支払うわけじゃないですしね。長いこと家を空にするときは、念のためわたしにひと声かけてください。食料の調達とか、なにか足りないものが出たりしたら、御用聞きが三日にいっぺん近くの村からやって来るので、そのひとに頼んでください。洗濯物は、わたしに云ってくださればクリーニング屋を行かせます。もちろん、ご自分で村まで行かれてもいいです。必要とあらば、チョコボ車を手配しますからね。薪がなくなったとか、家のどこかが壊れたなんてことがあったら、これもおっしゃっていただければ調達しますよ。あとは……なんでしたか。まあ、なにかあったらわたしに電話をください。どうせ暇ですから。それから、送っていただいたあなたがたのお荷物は、もうコテージにいってるはずですから」
クラウドはほとんど話を聞かないで、猛烈に食べていた。ピエントさんの奥さんは、それをとろけそうな目で見た。
「たくさん食べるのよ」
ピエント夫人は、乙女みたいにうっとりした顔になっていた。
「遠慮しないで。わたし、誰かが自分の料理を食べてくれるのがとってもうれしいの。息子があんたくらいのときには、あんたみたいにもりもり食べたわ。ほら、これも食べなさいな。ほんとにかわいい子だこと」
クラウドは、年配の女のひとが自分をかわいいと云って猫可愛がりするのには慣れていた。みんな、なんでか知らないけど、そうするからだ。クラウドは男だから、そういうのはかなりきまりが悪いけれど、でもだからってむっとしたり、抗議したりするのはよくないことくらい知っている。母さんがこう云っていた。「あのね、そういうの、母性本能っていうの。歳のいった女はさ、みんながみんなってわけじゃないけど、あんたみたいにかわいくていい子見ると、欲しくなっちゃうのよ。あっちの意味じゃないわよ。息子にってこと。まあ、あっちのほうのやつもいるけど、それは個人の好みだからしょうがない。黙っててやんなさいよ、キモいババアとか思わないでさ。思ってもいいけど、云っちゃだめよ。黙ってかわいがらせとけば、お金くれるか、なんかいいことしてくれるから」
母さんの云うことは、いつもだいたい正しい。クラウドはこの日、ピエント夫人にたらふくご飯を食べさせてもらった上に、巻きパンをひと袋どっさりと、チョコレート三枚と、リンゴをひと箱、お小遣い百ギル、それにすごく暖かいギンガムチェックのひざかけをもらった。ザックスはそれを見ながら、友だちが夜の街でホストなんかやってなくてほんとによかったと思った。もしそうなっていたら、世の女性たちにとって、大変危険なことになっていたに違いない。
食事のあとで、ピエントさんはチョコボ車の用意をした。ピエントさんが自分で飼っているやつだ。目がくりくりした、かわいらしいチョコボで、後ろには屋根のない車がくくりつけてあった。ピエントさんが馭者台に乗った。車が動き出した。
「よい休暇を!」
ピエントさんの奥さんが見送って、そう叫んだ。さあこれで、ようやく休暇に乗り出せる。セフィロスはやれやれとため息をついた。