小休止その1
 
泥棒たちの会話
 
 ふたりの男が、路地裏を歩いていた。のっぽとちびすけの、ちぐはぐなコンビだった。どこの町にも、開発から取り残された部分というものがあるものだが、それはこの比較的豊かで文明の進んだトルギポリも例外ではなく、街の一角にはところどころ、貧しいひとたちの住む、うらぶれた、汚らしい地区があった。こういうところで繁盛するのは安くさい酒場で、ふたりの男は、そういうものが立ち並ぶあたりを進んでいた。ガス灯が細々とともっていたが、それよりも酒場から漏れる明かりのほうが照明としては優秀だった。酔っぱらいがどこかで歌を歌っていた。野太い声の男たちが何人か、どっと笑ったりもした。みんな、寒いのにアルコールの熱で暖まっているせいで、気が大きくなっていた……。
「で、この鏡だけどさ」
 顔の長い、背の高い方の男が、一緒に歩いているいちじるしく顔面から飛び出した鼻を持つ、背が低い男に云った。男の声は奇妙に間延びしていて、低いのにどこか子どもみたいな印象だった。
「ほんとにあの教授だかなんだかに、素直に渡しちゃっていいのかねえ? だって、依頼主があの教授だってのはほんとだけど、おれたちが受けた話じゃ……」
「いいんだよ、心配性なやつだな、おめえは。だからいっつも胃薬飲むことになるんだ。おまけにガキみてえに、シロップに溶かさにゃ飲めねえなんてよ、犯罪者の名が泣くってなもんだ」
「おいらの心配性とこれとは関係ないだろ?」
「いんや、あるね。おめえといると、ときたまいらいらしてくらあ。そうしろって指示なんだから、それでいいんだよ。あとはおれたちの責任じゃねえんだ。だけどあのひとのよさそうな教授、ばかだなあ!」
 赤鼻は意味深なことを云って、口をもごもごさせた。
「でも、おれらにとっちゃあ、あまり感じのいい人間とは云えなかったけどな。あのお嬢ちゃんと同じ汽車に乗って来るなんて、ばかにしてらあ! おれたちの仕事ぶりが心配だったんだ。けっ!」
 ちびの男は地面を蹴飛ばした。
「受け渡しは、明日でいいんだったっけ?」
 のっぽが不安そうに云った。赤鼻は「ああ、もう!」と爆発したように云った。
「明日ったら明日だ! 何回確認すりゃあ気が済むんだよ、このトンチンカン! おめえ、やっぱりこの仕事向いてねえよ」
「そんなあ」
 のっぽは悲しそうな顔をした。
「だって、この仕事やめたら、いまさらどうしろってんだよう。母ちゃんにも顔向けできないし、結婚だってできないし、普通の会社じゃおいらみたいなの、働けないよ」
 赤鼻は一瞬、動揺したような顔になった。
「……わかったよ、悪かったよ」
 赤鼻はそう云って、それきり黙った。

 

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