夕立があった日の夜に

 夕立がやんだ。木々の葉の上にも、大地を覆う草の上にも、雨粒が光っている。空は曇っていて、下手をしたらもうひと雨降りそうな気配だったけれど、クラウドは外へ飛び出した。彼が体当たりみたいにして木のドアを開くと、ぎしぎしいやな音がした。セフィロスはどうしてもひと声かけずにはいられなかった。
「クラウド。この家は歳をとっている。すこしいたわってやってくれないか」
 二、三歩外へ出ていたクラウドは、振り返って鼻の下をこすり、まじまじと玄関のドアと、それから家全体を眺め回し、納得したように首を傾けた。そうして、あとで蝶番調べる、と云って走っていってしまった。すごく大きな、丈夫そうな木を見つけたので、もしかしたら秘密基地が作れるかも、というので、クラウドはそれに夢中なのだ。木の上に小屋を建てるなんて最高だ、どうやるかは検討もつかないけど。でも彼は、きっとそのうち検討をつけて、工事をはじめてしまうだろう。あの子はものを作らせたらたいしたものだから。たぶん、そういう道に進むべきだったのだ。英雄にあこがれて軍隊になんか入らないで。そのあこがれの英雄は、このざまだ……仕事から逃避して、いやになるくらい非文明的な田舎の小屋に住んでいる。テレビはないし、新聞屋は来ない。娯楽らしい娯楽は山積みの本だけ。でも問題ない。こんなふうに雨上がりの景色と湿った空気を楽しめるし、晴れたら晴れを楽しみ、雨なら雨を楽しむ。嵐の日には嵐を。雪の日は、雪をだ。
 セフィロスは微笑して、湿気を含んだ空気を嗅いだ。何歩か外へ出て、クラウドがいったいどこへ行ったのか考えてみる。秘密基地になるかもしれない木の場所は、基地ができるまでぜったいに内緒、ということになっている。クラウドが内緒と云うなら内緒だ。そういう約束は守らなくてはならない。
 でも彼はいま、とても強い誘惑と戦っている。つまり、このだだっ広い森の中で、クラウドがどこにいるか、その気配を探ってみること。できるものだろうか。たぶんできるだろう。自分の意識を、彼の意識にあわせること。その匂いを、感触を、想い描くこと。夢想と快楽はとてもよく似ている。快楽とイメージとの結びつきが強いからだ。セフィロスはいま自分がなぜこんなにエロティックな気分になっているのか考える。いま感じているのは激しい性欲というやつではなくて、相手の肌に唇で触れたいと思うような、そういう穏やかな、心地よいかすかな、性的な揺らぎ。性的というより、クラウドの身体に対する愛着と云うべきかもしれない。それが、刺激されている。
 セフィロスはもう一度微笑した。この気分の原因は単に、雨上がりのやつに、さっきまでとなりにあった熱を奪われたからにすぎないということに気がついたから。
 ふと横を見るとミス・メリーウェザーが数メートル先にいて、彼を見て笑っていた。

 セフィロス自慢の小屋はたしかに年季が入っている。屋根からちょこんとつき出した煙突は、ときどき調子が悪くなって、そのたびに上から下からつっついてやらなくてはならない。クラウドはこのあいだ煙突掃除をしながら、おれ、煙突掃除のひとになれるかも、と云った。煙突掃除が、ちゃんと職業として通じる時代に生まれてれば、天職だったかもなあ。そうしてふたりして、すすで真っ黒になったお互いの手や服を見て笑った。クラウドは鼻の頭に真っ黒いやつをつけていたのだけれど、セフィロスはわざと黙っていた。かわいらしかったから。彼の鼻に、セフィロスは特別の愛着がある。ちょこんとしているそれを見ていると、指先でなでてやりたくてたまらない。
 ほかにも、この小屋はドアというドアが全部ぎしぎし云う。イスはたいがいがたがたするし、台所にとりつけた換気扇からときどきすごくいやな音がする。でもセフィロスはこの家が好きだ。古くてボロだけれど、自分で見つけた家だ。誰かに強制されたものではなくて、自分で探したもの。この小屋は象徴だ。誰かに強制された生き方ではなくて、自分で見つけた生き方の。ピカピカでなくてもいいし、古くて時代遅れでもいいのだ。時代の流れなんてものといっしょになるのはごめんだ。彼は、もっと普遍的なものをつかみたいのだ。もっと、ずっと変わらないもの。
 クラウドは暗くなって、あとすこしでなにもかも見えなくなるというほどになってから帰ってきた。セフィロスは正直なところ、しまいのほうははらはらしていた。こちらは夜目が利くけれど、クラウドはただの人間だ。真っ暗な森の中で、明かりもなく帰り道を探そうなんて、至難の業だ。いよいよ迎えに行かなくてはならないかと思っていたとき、玄関ドアが開いたので、セフィロスは安心してすこし怖い顔になってしまった。
「おれ、今度からは週末大工になろうかと思うよ」
 クラウドは帰ってくるなりただいまも云わないでそう云った。
「ひらめいたんだ。木の上に小屋を建てる方法。正確には、すごくスマートな補強の方法。ご飯食べたら図面引く。ご飯は? おれ腹ぺこだよ」
 セフィロスは肩をすくめた。クラウドがそういう子なのは、わかりきっていたことだった。彼は云われたとおり、皿に料理を盛りつけてやった。
「料理ってひとがらが出るよな。グロリア未亡人のは優しい味、ザックスのはとびきりうまいけど本人の顔みたく濃い、母さんのはちょっと判断しにくい。だって生まれたときから食べてる味だから。きっと基準値なんだ、基準値。で、あんたのはなんか、地味に味があるって感じ」
 セフィロスは首を傾けた。
「それはおれに通じるものがあるのか?」
「あるよ。大あり。あんた顔はドンパチ級に派手なくせに、中身が地味なんだもん、詐欺だよ」
 セフィロスは苦笑した。
「性格に責任は負えるが、顔はおれの責任じゃない。親に云ってくれ。見たことはないが。それで、おれは詐欺罪で訴えられるだろうか」
「誰に? おれに? 別に。わかってたことだから。こんなボロ小屋に住みたがるようなひとが、性格派手なわけない……でも、前から訊きたかったんだけど、あんたなんでここに住んでんの? どうやって手に入れたの? グロリア未亡人の別荘とか? だとしたら相当だけど」
 ああ、これは困った質問がきた……とはいえ、いずれ来るだろうことは予想していた。していなかったとしたら、なんともおめでたすぎる。セフィロスは苦笑して、すこし考える。さて、どこから話したらいいものだろう。
「これは女性がからむ話になるんだが聞きたいか?」
 クラウドはスープ皿をかき回していた手を止めた。
「それ、前の彼女?」
 セフィロスは小さく唇を持ち上げた。クラウドは意地の悪い笑顔になった。
「聞く。あんたとつきあうなんてきっとおれくらいいかれてるに決まってる。そんなひと、この世の中に何人もいるとは思えない。貴重な同志だよ、きっと」
「……それはほんとうだ」
 セフィロスはうなずいた。
「もっとも、彼女はおまえみたいに、スープの中にパンを放りこんでぐしゃぐしゃにかき回して食べたりはしなかったが」
 クラウドは眉をつり上げて、自分のスープ皿をのぞきこんだ。それからセフィロスの顔を見た。
「だめって云いたい?」
「いや、そうは云ってない。おまえの母親が禁止しなかったものを、おれが禁止する権利も権限もない」
 クラウドは安心したような顔になって、前よりもさらにぐるぐると勢いよくスープ皿をかきまぜはじめた。
「この小屋は、ある女性が住むはずのものだった」
「はずって、住んでないの?」
「住む前に死んだ」
「……あっそう」
 クラウドはぐるぐるをやめてスープを口に運んだ。
「はじめから全部話すと、長くておまえは途中で飽きてしまうと思うんだが、どうだろう?」
「飽きないと思う。色恋沙汰は飽きないんだ。母さんので鍛えられてるし。授業とか、話しあいとかはすぐ飽きるけど。飽きたら云うよ」
 セフィロスは納得して、話しはじめた。
「この小屋を手に入れたのはいまから三年前だ。彼女が死んだのはその一週間後。ちなみにそのときおれははるか南の彼方にいて、死んだのを知ったのはそれからさらに十日後だ」
「……最期、いっしょにいられなかったんだ」
 クラウドがつぶやいた。セフィロスは肩をすくめてみせた。
「まあ、人生そんなものだ。おれの人生は特に。誤解とすれ違いで成り立っている。最近はだいぶ緩和されてきたと思うが、おまえも覚悟しておいたほうがいいかもしれない」
「無理」
 クラウドはきっぱりと云った。
「おれ根は寂しがり屋だから、自分が死ぬってときに、好きなひとがそばにいないとか耐えられない。おれが死ぬときはさ、みんなまわりにいないとだめなんだ。そう決まってる。数少ないんだから、そろわなきゃ。母さんだろ、その相手だろ、あんただろ。あとザックス」
「おまえはその誰よりも長生きする確率のほうが高いが……」
「大丈夫だよ。おれ早死にタイプだ。美人だから。美人は、きれいなうちに死ぬんだよ。そう決まってる」
 クラウドが勝ち誇ったような顔で締めくくった。セフィロスはため息をついた。
「話を戻してもいいか。美人どの」
「いいよ」
 クラウドはパンの新しいかたまりをスープ皿につっこんだ。
「話長くなるなら、おれからの質問形式でいこうよ。手っとり早いよ」
「おまえの質問能力に不安を感じるが、まあいいとしよう」
「なんだよ、それ。顔にスープかけちゃうぞ。じゃあまず、彼女の名前と年齢、職業と出会いのきっかけをどうぞ」
 セフィロスはまともな質問が来たことに安堵した。
「名前はシルヴィア……なんだ?」
 クラウドがげらげら笑いだした。
「らしいなって思って。いいよ、ひとりごとだから。次進んで、次」
「本人はこの名前は好きになれないと云っていた。創意工夫というものを知らない親から生まれるとこうなると云って……」
「創意工夫知らないような親なの?」
「そうらしい。父親が公務員で、母親が学校教師だったそうだ」
 クラウドはぞっとしたような顔をした。
「うわあ、最悪だ。そんな親、おれだったら生まれて三日で死にたくなる」
 セフィロスは眉をつり上げた。
「彼女も似たようなことを云っていた」
「きっと気が合うよ、おれと。で? 彼女いくつだったの?」
「会った当時は二十四。三年前だ」
「で、あんたが、ええーと二十五だ。なんだ! すごいいい感じだったのに、惜しいことしたなあ。でも、これであんたが根っからの低年齢者愛好家じゃないってことがわかった。よし、次」
「職業は、画家だ。正確に云えば、収入のない画家」
「それ、画家って云う?」
「本人が云うならそうだろう。収入のない、という部分に独自のこだわりがあったんだ。実際、絵は描いていた。しかもかなり独特なやつだ」
 クラウドはその絵を目の前にしているみたいに顔をしかめ、頭を抱えた。
「そのひと、変わってるね」
「安心しろ、おまえといい勝負だ。彼女は、つまり、おれの顔を描かせろといって目の前に現れた」
「ああ……描きたくなるような顔してるんだろうなあ」
 自分の顔のことを客観的に判断するのは難しいので、セフィロスは返事を保留した。
「あれはなかなか見ものだった。どこから入ってきたのか、それからおれがどうしてその日そこにいることを知っていたのか知らないが、ゲルニカの搭乗口の前で待ちかまえていた。全身吹き飛ばされそうになりながら、早口でぜひ絵を描かせてほしいというのと、スケッチブックを渡された。もちろん、即刻退場させられたんだが。おもしろいといえばおもしろい。失礼に当たらないように、おれはスケッチブックを開いてみた。それで……」
「びりびりきちゃったんだ。間違いない」
 クラウドはスープを飲み干して云った。
「そうだ。おまえふうに云うならな。描かれていたのは人物のスケッチだったんだが……もちろん、おれも絵についてどうこう云えるほど教養があるわけじゃない。自分に芸術的な素質があると思ったこともな……」
「あるよ。大ありだ。あんた、なんか芸術的な活動ってやつ、したほうがいい。ぜったい」
「そうなのか? それは知らなかった。とにかく、おまえふうに云うとびりびりきたので、おれはスケッチブックのしまいに書かれていた電話番号に……」
「電話したの? あんたが? 自分で? うわっ、それおもしろい!」
 セフィロスはクラウドの口を手でふさぎ、すこし力をこめた。
「おまえはまじめに聞く気があるのか?」
 クラウドががんがんうなずいたので、セフィロスは手を離した。
「あとはお決まりの順序を順番に、というやつだ。誰でもそうする、恋愛の中身」
「恋に落ちて、好きだって云って、キスして、セックスするあれだな。で、たまにけんかする」
 クラウドはデザートのオレンジにむしゃぶりつきながら云った。
「知ってる。おれ去年経験したばっかりだから」
「そうか。初耳だ。相手はよほど風変わりなやつに違いない。きっとおれみたいなやつなんだろう。それで、話を戻すと、彼女はミッドガルのやたらと小さなアパートに住んでいたんだが……出身はもっと田舎だが、親にやいやい云われて、行きたくもないロースクールに進学した」
「最低だよ」
 クラウドは怒りだした。
「そういう親、おれだったらそんな話の二日後に殺しちゃう。だってそうだろ? やりたくないことなんか、やらないほうがいいに決まってるのに。かわいそうだよ」
 セフィロスは微笑して、怒り心頭の金髪をなでた。
「たぶんな。それに、誰がどう云っても、結局情熱的な魂を押さえつけておくのは無理だ。彼女もそうだった。学校は途中で辞めた、おかげで親とは絶縁状態、絵を習いたいが金がない、アルバイトで生活もままならない。おまけにひとから施しを受けるのが大嫌いときていた。でも、本人はたぶんそういうことも、楽しんでいた」
「まともなひとだったんだ」
 クラウドが真剣な口調で云った。
「そうだな。見上げるほどまともだった。こんな時代に珍しい。だから周りにはいかれていると思われる……彼女は、アトリエを手に入れるのが夢だった。自然の中の、せめてもうすこし静かで、もうすこしのびのび道具をおけるような。なにしろ、彼女のアパートは繁華街のそばで、両手も伸ばせないほど狭い部屋だった。幸いおれの身長はぎりぎりで天井にぶつからなかったが、身動きには気を遣った。だから、もうそんなに金を使うのはこれが最初で最後、ということにして、おれはここを買った」
「……誕生日?」
 セフィロスはうなずいた。
「とはいえ、ただみたいなものだった。もともとは、漁師小屋だったらしい。持ち主はとっくの昔に熊におそわれて死んだそうだが、親族に、こういう場所や建物に興味を持てるひとがいなかったんだろう。買ったときはひどいありさまで、ただの廃屋だった。でも外見は問題じゃない……おまえならわかると思うが。誕生日はひと月後、おれは南方への長期遠征を控えていた。あとはだいたい想像がつくだろうが、おれが出かけた直後に彼女は死んだ。死んだというか、殺された。理由はわかるだろう。おれだ。ばれないように気をつけていたつもりだったんだが、まあ完全にとはいかないのが世の中だ。おれを殺したいやつは五万といるからな。人道的観点からも、全員の目をつぶすわけにもいくまい。そういうわけで、ここはおれが使うことになってしまった。念のため云っておくが、そういう来歴の家だということについて、おまえが気を悪くしたのならそう云ってくれ。愛着と、ここまでまともな家にしたという誇りはあるがしがみつきたいほどじゃない」
 沈黙が流れる。でもセフィロスは、自分のしたことでクラウドが怒ることはないに違いないという、確信があった。普通は、昔の女の思い出が眠っているような家に住み、あまつさえ恋人を招くなんてどうかしている、と云うかもしれないけれど。
「そのひと、かわいかった?」
 クラウドがぜんぜん関係ないことを訊いてきた。
「かわいい、というよりきれいなほうだった。本人は、自分に対して誇りが持てる程度には自分の顔を気に入っていると云っていた」
 クラウドは鼻を鳴らした。
「おれ、そういうひと好きだな。なんかちょいちょいおれみたい」
「おれもそう思う。彼女を追っているというより、おれが好きになる人間、あるいはおれを好きになる人間の傾向が、たぶん似通っているんだと思う」
 クラウドはまた鼻を鳴らした。
「わかるよ。そういうもんだって母さんも云ってた。母さんが好きになるひと、おれも好きだ。顔もだし、中身も。ときどきは、今回のははずれだなって思うこともあったけど。でもそういうときは、母さんもすぐにそう思うんだ。おんなじだよ。たぶん、あんたが好きになるひと、おれも好きだよ」
 クラウドはテーブルを越えて、飛びついてきた。胸に頬を押しつけられる。彼は、泣きに入っていた。
「……おれ、なんていい子なんだろ」
 クラウドは涙声で云った。セフィロスは苦笑した。愛おしさが、どっと溢れた。
「そうだな。普段のおまえを見ていたら誰も信じないだろうが、おまえはいい子だ。とびきりな」
 ふたりはぎゅっと抱きあった。それしか、いまの気持ちを感じ、あるいはやりすごす方法がなかったからだ。テーブルに乗せたランプが、部屋の中を温かく照らしていた。セフィロスの食事は半分近く終わっていなかったし、クラウドのオレンジは食べかけだったけれど、でもそんなことは、どうだっていいことだった。ふたりは抱きあったまま、じっと動かなかった。セフィロスはいろいろなことを考えた。もういない彼女のこと、彼女と過ごした日のこと、彼女の死に方のこと、それからクラウドのこと。
 クラウドは死ぬだろうか? セフィロスは考える。この関係がばれたら、たぶん確実に。でも、だからといって誰かを好きになるのは止められないし、誰かに好きになられることもまた、止めようがないことだ。セフィロスはいま、表だって仕事はしていない。遠征には行かない。今度は、たぶん大丈夫だと思う。クラウドは悪運だけは強い子だし、それに未来のことにおびえていては、人間は一秒先だって生きられない。漠然とした不安を、漠然とした希望に差し替えて、生きていくしかない。不安と、期待。どちらも実体がないものだ。なぜなら、未来がそもそもまだ存在しないものだから。この先がどうなるのかなんてことは、誰にもわからないのだし、自分が、そしてクラウドがいつ死ぬのかなんてことも、わかりようがない。だから。だから、いまというこの瞬間の感情を味わいながら、生きるのだ。誰かを好きなら、そう云う。抱きあいたいと思うなら、そうする。
 ……クラウドが顔を上げて、窓の外を見た。セフィロスもつられてそうした。こちらがぐだぐだ話をしているあいだにもうひと雨あったようだ。窓に新しい水滴がついている。そうして、その雨ももうあがっている。
「……明日、おれの秘密基地予定地見にいく?」
 クラウドが云った。
「できるまで内緒じゃなかったのか?」
「そのつもりだったけど。でも手伝ってもらったほうが完成早いから。いまから図面引く」
「そうか。実は」
 セフィロスは微笑した。
「図面を立てかけるのに具合のいいものが物置に眠ってるんだが」
 クラウドは目を見開いた。
「イーゼルのこと?」
「見てみるか?」
 クラウドは、音がするくらい首を縦に振った。
「あったらいいなあって思ってたんだ。もちろん、製図用のとは違うけど。でもないよりはましだよ。垂直におくより、水平においたほうが見やすいに決まってるもんな」
 ふたりは立ち上がった。
「まさかあのイーゼルもそういう使い方をされるとは思っていなかっただろうが」
 セフィロスは云った。クラウドはもうなにも云わなかった。ただ目を輝かせて、物置小屋の扉を開けた。

 

いろいろ云いわけておく

 

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