ソルジャー二名の活躍
もうだめだ……! クラウドはぎゅっと目を閉じ、ぐしゃ、か、べちゃ、か、あるいはじゅわあ、かもしれないが、各種の衝撃を想定して身構えた。母さんのことが頭に浮かんだ。おれが死んじゃったら、母さん……そしてセフィロス! もう一度くらい、悪態をついておくんだった! そう考えた直後にドン、というものすごい衝撃が腹の底から響き渡ったが、それは直接攻撃を食らった衝撃ではなく、痛くも痒くもなかった。クラウドはおそるおそる目を開けた。目の前に、きらきらと揺れる銀色が見えた。かすかに風に揺れるように凪いで、とてもきれいだった。それから、同じように銀色に鈍く光る長い長い刀。クラウドは、とたんに全身の力が抜けてしまった。
「……セフィロス」
彼はどうにかこうにかそうつぶやいた。利き手と逆の右手を、防御するように自分の顔の前に掲げていたセフィロスが、ゆっくり振り返った。こんな状況なのに、悪戯っぽい微笑を浮かべて。
「おまえのような大馬鹿はこの攻撃を食らうのが道理だと思いながら、かろうじて踏みとどまったおれの理性は称賛に値すると思わないか?」
クラウドは泣きそうになった。目がうるんで、視界がかすんだ。彼はあわてて一度ぎゅっと目をつぶり、泣かないように最大限の努力をした。
「思うよ」
彼は短く答えた。セフィロスは今度はもっと優しく微笑して、すぐに厳しい顔つきで前方に向き直った。彼の横を、風が通り過ぎた……ように思えた。あんまり素早く通り過ぎたので。でも、すぐにそれがザックスだったってことがわかった。ザックスは愛用の大剣を下段に構えてしゃがみこみ、地面を蹴って、天井に届くほど跳躍した。その勢いを殺さずに、激しく首を振る化け物の頭のてっぺんへ、愛用の剣を突き立てた。化け物はものすごい声を出して、首をますます激しく振った。
「あの化け物がザックスにかまっているあいだに云っておくが」
セフィロスがふたたびクラウドに向き直り、疲れきっているが適度な緊張を保っている様子の自分の金髪坊やと、すっかり怯えきった男と、気を失った男を見た。それからクラウドに視線を戻すと、
「ここにはバリアを張っておく。念のため。やたらな攻撃でも破けないようにするつもりだ。ここを動くな。今度こそいい子にしてろ。おとなしくな。質問は?」
クラウドは緊張した顔のまま、一拍置いて云った。
「あんた、どっから正宗引っぱり出してきたの?」
セフィロスはあやうく吹き出すところだった。
「四次元ポケットだ。今度見せてやる」
セフィロスはクラウドの頬に手を伸ばし、軽く二、三度叩いて、どこか優雅に刀を構えたまま、化け物の方へ歩いていった。
ザックスは怪物の脳みそから剣を引きぬいて、大急ぎで怪物の頭から飛び降りた。化け物はもんどり打って一度地面に倒れた。ぜいぜい云いながら、口からだらだらと泥色の液体をこぼし(おお!)、誰の目にも一瞬おとなしくなったように見えた。が、次の瞬間には粘着質の体液なんかよりももっといやなことが起きた。ザックスがつけた頭の傷がぐじゅぐじゅ音を立てながら、徐々にふさがりはじめたのだ。
「うっそーん」
ザックスはそれでもおどけてそんなことを云い、両手を頬にあてがった。そして、自分の斜め後ろに音もなくやってきたセフィロスに向かってわめきたてた。
「ボス、ボス、やな感じ! 見た?」
「ああ、見た」
ボスは平然と云った。
「おれ、脳みそにぶちこんだのに!」
「ほんとうにあそこがこいつの脳みそなのか?」
「確かだって! 頭蓋骨ぶち破ったもん。頭蓋骨の先にあるのは脳みそだろ?」
「可能性としては、その確率が高いが」
時間にしてほんの数分だったが、怪物はすっかり持ち直して、長い首を持ち上げ、ぞっとするような声で吠えた。金属的で耳障りで、めいめいの鼓膜がぶるぶる震えた。そうして化け物は、真っ赤なルビーのような目を燃え上がらせて目の前にいるふたりの人間を見つめ、口から、極度に気分が悪くなったひとの顔色のような、いやな紫色のブレスを吐き出した。セフィロスとザックスは左右に飛び退いた。床が焼け焦げて真っ黒に炭化した。クラウドは冷や汗を流し、その後ろで小さくなっているクルスはますます縮み上がった。こんなときは動き回っている方が気が楽なのに、セフィロスのわからず屋、とクラウドは心の中で悪態をついた。そうすることで、彼は自分の恐怖と戦っていた。ものすごく、情けない恐怖心と。
ふたりの男が散り散りになったので、化け物は一瞬どうするか迷ったらしかった。首を左右に振り、左前方に立っているセフィロスを見とめると、大きく口を開き、そこめがけてつっこんでいった。セフィロスはなにも見えていないかのように刀を左手にだらんと持ったままつっ立っていたが、化け物の口がいまにも彼を飲みこんでしまう寸前、なにかが起きた。なにが起きたのか、クラウドにはぜんぜん見えなかった。彼に見えたのは、銀色のきらめきと、その一拍あと、化け物の首がどうん、という鈍い音を立てて床に転がり落ちたところだった。首はクラウドに半分断面を向けて転がったので、丸太ほどもある薄黄色い背骨のようなものや血管、筋肉組織などが丸見えだった。首についている目は、光を失いかけている。そしてセフィロスはというと、相変わらず刀を左手に持って、なにごともなかったかのように落ちた首から少し離れたところに立っていた。クルスはこみ上げてくるものをこらえるかのように「うぐっ」と喉の奥で音を立てた。
「今度はいけたかな?」
痙攣を起こしたようにぶるぶる震えながら両手を振り上げている本体を注意深く見守りつつ、ザックスが飛び跳ねながらセフィロスの横へ着地した。
「さあ、どうだか。おれの予想では」
セフィロスが云い終わらないうちに、奇妙に長い化け物の身体が脈打ちはじめ、ぐちゃぐちゃと湿った音をたてながら、切られた首の部分から、なにかが少しずつ盛り上がってきた。同時に、切り落とされた首の方は、ぶしゅぶしゅいやな音をたてて、溶解しはじめていた。
「やめて、お願い、見たくない」
ザックスがげんなりしたように云った。その哀願は聞き届けられなかった。べちゃべちゃした液体をまき散らしながら、ゆっくりと首が生えてきた。最初は頭部、続いて、首。切り落とされたのと寸分違わぬ首が出てくるまでに、ものの数分だった。そのあいだに、本体から切り離された首は、ひとかたまりの泥沼のようになって、床の上に広がった。怪物は、また奇妙に高い叫び声をあげた。
「……こうなる、と云おうとした。手間が省けたな」
「そうね」
ザックスは軽い調子でうなずいた。ふたたびいやな紫色のブレスが飛んできたので、ふたりは跳躍し、ザックスがまたも本体の頭の上に躍り上がった。
「ボス! どうしよっか! このままだと埒明かない感じじゃない? こいつ全身高速トカゲのしっぽってことっしょ?」
彼は動きまわる頭の上でうまくバランスを取りながら叫んだ。セフィロスは、叫び声を上げながら噛み殺さんと迫ってくる化け物の攻撃をよけながら、少し時間を置いて、口を開いた。
「頭を落としたり、手を落としたりしても再生する場合、考えられる有効な対処法は?」
「原子レベルのこっぱみじん」
ザックスが叫んだ。叫ばないと、断続的に響き渡る化け物の声に阻まれて聞こえそうになかった。
「それを実現するいい方法がある……悪いが少し黙ってくれ」
セフィロスは牙をむき出しにして迫ってきた化け物の口の中へ長い刀をつっこみ、左へ切り裂いた。首が大きく傾き、ザックスは「おうっ!」と云いながらあわてて床へ飛び降りた。
「おまえは、全員ここから連れ出して、できるだけ遠くまで避難させて欲しい」
ザックスは首を傾けた。
「で、あんたは?」
「この建物ごと原子レベルに分解するだけの破壊活動をやってのける」
セフィロスは唇を持ち上げて、微笑した。
「……マテリア持ってる?」
「運よく使えそうなのがある」
「……アイアイ、ボス」
ザックスは敬礼した。
「時間はどれくらい必要だ?」
「十五分は待って。あの連隊引ったててチョコボ車に乗せて移動するってなったら、ちょっとした遠足」
セフィロスは満足げにうなずいた。
「頼んだ」
耳をつんざく奇声がふたたび響き渡った。首の再生が完了したのだ。セフィロスは化け物に向き直り、ザックスは大急ぎでクラウドのところへ走った。
「ここ出るぞ、閣下」
クラウドはびっくりしたように目を丸くした。
「なんで!」
「なんでも! ボスはあとから合流するから。説明あとあと。いいから来い。おふたりさん、まあ片方は寝てるみたいだけど、ちょっとおとなしくしててね」
ザックスが小さく口を動かすと、ふたり組の泥棒は目を閉じて、眠ってしまった。ザックスはふたりを両肩に担ぎあげた。
「やだ、おれここにいる」
「だめ。早く、時間制限かかってんの!」
「いやだ」
「来いって」
「だって、セフィロスは?」
クラウドの顔がなんとも云えない形に歪んだ。怒ったようにひきつっているようでもあり、不安に凍りついているようでもあり、哀れんでいるようでもあった。それを見て、ザックスは一瞬喉がつっかえてしまった。
「おれ、ここにいたいよ」
クラウドが静かに云った。そうしてセフィロスの方を見た。
「もし、とんでもなくお荷物じゃなかったらさ」
「……ああー、もう!」
ザックスは頭をかきむしった。
「ボス! セフィロス! 閣下だけ置いてく! あんたなんとかして! おれ無理!」
彼は叫んだ。本日三度目の斬首をやらかそうとしていたセフィロスが、右手を挙げてひらひらと振った。
「お許しが出たよ。この強情っ張り! じゃ、あとでな」
ザックスは友だちに手のひらを差し出した。クラウドは、それを遠慮がちにぱちん、と自分の手のひらで弾いた。ザックスは大急ぎで出ていった。が、すぐに「いけねえいけねえ」と云いながら戻ってきて、入り口の扉から、マティルダ嬢の鏡を取り外した。そうして今度こそほんとうに、いなくなった。クラウドはぎゅっと唇をかみしめた。
斬首に続いて本体を真ん中でふたつにしたセフィロスが、大股でやってきた。
「クラウド」
彼は無表情だった。クラウドは顔をこわばらせた。
「……バカ」
彼は笑った。クラウドは胸の奥がぎゅっとなって、涙が出そうになった。
「おいで」
右手が伸ばされた。クラウドは手と腕を通り越して、セフィロスの胸に体当りするみたいに飛びこんだ。セフィロスが頭をちょっと撫でた。彼のコートは焼け焦げたような匂いが染みついていた。
「さて、聞いたかどうか、これからザックスたちが避難するまで二十分ばかり時間かせぎをしないとならない」
クラウドは顔を上げた。セフィロスは微笑していた。
「ザックスは十五分と云ったが、もう少し必要だろう。そこでだ。おまえに云っておくことがある。きつい云い方をするが悪く思うなよ。その間、自分のことは自分でなんとかしろ。おれはおまえに構わない。いいな?」
クラウドは一瞬顔がひきつったが、すぐにそれをひっこめて引き締まった表情を作り、こくんとうなずいた。
「いい子だ」
セフィロスはクラウドの頬を撫でると、もう彼がそこにいないかのように、ばかでかい化け物に顔を向けた。クラウドは、それがうれしかった。