シルバーバングルにまつわる話

 

※公式グッズ、セフィロスさんのシルバーブレスレットに
かこつけたただのくだらない話です。オンラインショップ
で、ブレスレット画像を見ていただくとより楽しめるかも
しれません。いつものことですがクラウドが黒ウドさんで
す。おなかまっくろです。
※1ギル=1円ということでお願いします。

 

給与が発生する家事手伝いの話
 
「おれ皿洗いしてあげてもいいよ。食洗機にぶちこむだけでいいなら」
 クラウドがそんな殊勝なことを云いだしたので、セフィロスはいぶかしんだ。
「頭をどこかへぶつけたのか?」
 複雑な顔で問いかけると、クラウドは一瞬眉をしかめたけれど、奇跡的なことにいつものように怒りをぶちまけたりはしなかった。それで、セフィロスの不信感は確信に変わった。
「おまえ、なにか企んでいるだろう?」
「うわあ、セフィロスさんひどい。おれがせっかくお手伝いしてあげようとしてるのに、ひどい」
 クラウドが顔に腕を当てて泣き真似をしはじめる。セフィロスはため息をついた。
「わかった。わかったから。それがほんとうなら、そういう気を起こしてくれておれはうれしい。とても。そんなことは、たとえこの世が果ててもないだろうと思っていた」
 クラウドのお手伝い嫌いは筋金入りだった……というより、彼は家事全般ができない。お片づけも洗濯物をたたむのも、お掃除も苦手。料理なんてもってのほかだ。彼にできるのは、散らかすことと新しくなにかを作ることと壊れたものを直すことだけ。これだって、なにもできないよりはずいぶんましだけれど。この家の家事の大部分は通いの家政婦グロリア未亡人がやってくれるので、そんなに派手に問題にはならないけれど、夕食後の片づけだとか、ちょっとなにかのついでに洗った洗濯物を片づけるくらいの仕事は出る。そういうのをこなすのは、ぜんぶセフィロスの役目だった(働きに出ていないってことは専業主夫ってことだから、というのがクラウドの云いぶんで、そしてそれはもっともなことだった)。それが急にお手伝いを申し出るなんて、さてなにを企んでいるのか……セフィロスはおそるおそる、クラウドにその場を譲った。
「おれだって、やればできるんだ。やればできる子だって、母さんいつも云ってた。できなくてもかわいいからいい、っても云ってたけど」
 クラウドはそう云って、鼻歌を歌いながら食洗機に皿を、ことば通りぶちこみはじめた。セフィロスは食器が割れないかはらはらしながら見守った……なんとかことを成し遂げると、クラウドはそそくさと自室へ走っていって、なにかを手に戻ってきた。そうして、それをセフィロスの前に差し出した。
「……なんだ?」
「お小遣い。お手伝いしたから。母さんは、おれがなんかすると百ギルくれたよ」
 目の前にやってきた、陶器でできたチョコボ型の貯金箱を、セフィロスは顔をしかめて見やった。いくら貯めるつもりなのかしらないが、とんでもなくでかい。体長五十センチはある。
「……金目当てか」
「なんのこと?」
 クラウドはすっとぼけた。セフィロスはまたため息をつくことになった。
「なにが買いたいんだ。正直に云え。とうとう給料じゃまかないきれなくなったのか?」
 クラウドの物欲と浪費癖には定評がある。彼は買いたいものを我慢できない子だ。軍から支給される給料はそこそこだけれど、それをはるかに上回る消費活動を平気でやってのけることができる。クラウドは首を左右に傾け、視線をあらぬ方向へ向けて、聞こえていないこと……あるいは聞く気がないことをアピールした。こうなったら、もう無駄だった。家出されることを覚悟で云いあらそいでもしなければ、彼の口を割らせることは不可能だし、セフィロスはそんなことに神経を使うのはいやだった。
「わかった、わかったもうわかった。そう首が動く置物みたいにぶらぶら頭を振るな。目が回る。そこに入れればいいんだろう……ほら、そいつを貸せ」
 クラウドはものすごくうれしそうな顔で、貯金箱の投入口を向けて、セフィロスに差し出してきた。彼は……別に百ギル程度の金をどうとも思わないし、そもそも金全般をなんとも思わないのだが……それでもちょっと躊躇しながら、百ギル硬貨を貯金箱へ入れた。
「毎度ありがとうございまーす」
 機械的な口調で云うと、クラウドはまた大急ぎで部屋に走っていった。
「……なにが毎度だ。ばかが」
 セフィロスは三度目のため息をついた。彼の母親の教育方針について、本格的に疑問がわいてきた……もっともわいたところでいまさらどうしようもなかったけれど。

 クラウドが欲しがっているものは、いつものことだがそこそこ値の張るものらしかった。彼のお手伝い攻撃は、毎日しつこくて殴りたくなるくらい続いた。皿の片づけ、洗濯かごを持つ(ただし干すのはやらない……かごを持って、足踏みをしたりうろうろしたり、こちらを見上げたりするだけ)、たたんだ洗濯ものをしまう……でもあとから結局全部入れ直すことになる。引き出しの中でぐちゃぐちゃになっているからだ。そうして、役に立っているのかいないのかわからないお手伝いのあとに、百ギルの要求が待っている。セフィロスはなにも云わずに入れてやる。そうしてやると、クラウドが喜ぶので……ばかばかしいと思うのだけれど、心の底から喜んでいる相手を見るのは、やっぱりうれしいものだった。たとえ金が絡んでいるとわかっていても。
 貯金箱は、日増しに重くなってきた。そうしてある夜、風呂に入っている最中に、セフィロスはがちゃんという突拍子もない音で飛び上がりかけた。それから、どたどたという足音と、ドアが閉まる音。セフィロスはあわててバスルームから出た。音は、クラウドの部屋からだった。入ってみると、机の上に貯金箱が……正確に云うと無惨にもトンカチで割られたその残骸が……転がっていて、横に書き置きがしてあった。
 
 セフィロスへ ちょっとかいものしてくる なんでもいいけど、あんたのくれた金すごく重い 愛が重いってこのこと? クラウドくんより
 
 セフィロスは時計を見た。十時すぎだ。こんな時間に、いったいどこへなにを買いに行くと云うのか? セフィロスはため息をついた……わけがわからない。あの子の考えていることは、まるでわからない。さっぱりわからない。まあだから、刺激的な毎日ではあるのだけれど。

ザックスにかかってきた電話の話
 
 電話の着信音で目が覚めるのは嫌いだ。仕事のことを思い出させるし、仕事で連絡が来るなんて、ろくでもないことに決まっている。ザックスは、顔をしかめてディスプレイの表示を確認した。そうして、いますぐに相手を絞め殺してやろうかと思った……表示されていたのは「閣下」のふた文字。
「……閣下。おれの睡眠時間は、何時から何時?」
「え? だいたい朝の六時七時くらいから十二時一時」
「ピンポン。いま何時?」
「……ああ。午前十時半。なんで?」
「気づけ、こら。ぶっ飛ばすぞ」
 頭をかきながら、起きあがる。すごく眠い。途中で起こされたせいだ。ザックスはあくびをして、もう一度頭をかいた。
「いいだろ、今日くらい。緊急事態なんだ」
「……緊急事態?」
「そう。十月の一日だけど、おれちょっと買いたいものがあるから、前日から店の前に並ぼうと思うんだ。で、おまえつきあって。空けといてよ。おれのシフトも空けとく。云っとくけど、すごくすごくすごく大事なミッションだからな。すごくが三回つくくらい。九月三十日の、夜十一時から並ぼうと思ってる。開店時間の十二時間前。十時すぎに、迎えに来てよ」
「待った、ちょっとタンマ、待って、それなんの話? つうかなに買う話?」
 ザックスはいらいらして云った。クラウドの話は、いつもそうだけれど、自分だけしかわかっていないことが多すぎる。そして、自分中心すぎる。
「なにって、やだなあ、それ聞くの? でも、まあつきあってもらっちゃうからなあ。あとでメール送る。とりあえずそういうこと。わかった? 十月一日だから。じゃあ、おやすみ」
 電話は切れた。
「おやすみ? ああ、もう! なんでああなのあいつ。おれなんであんなのの友だちやってんだろ、いいひとすぎ、かっこよすぎ……だいたい三ヶ月後って、おれが急なお仕事入ったらどうすんだろ? ああ、そっかわざとなんか入れてやろうかな」
 ぶつぶつ文句を云いながら、すっかり目が覚めてしまったことを悔やんでいたら、メールが来た。
 
Fwd:セフィロスファンクラブ プレミアム 特別会員速報Vol.872
ファンクラブ特別会員各位
 いつもありがとうございます。レア情報を入手しましたので、速報でお届けします。
 十月一日、セフィロス公式グッズの発売が決定いたしました!
 ※神羅カンパニー企画部販売促進課から入手した情報ですので、一般会員の方には漏らさないようお願いいたします。一般告知は、二週間程度先になる予定です。
 今回のグッズは純銀バングルだそうです。
 価格は三万ギル前後、シリアルナンバー入り、男性用と女性用のツーサイズ展開予定。各サイズとも直営ショップで、限定二千個のみ販売されるもようです。
 デザインのサンプルを入手いたしました。添付ファイルをご確認ください。
 また新しい情報が入り次第、速報でお知らせいたします。
 今後ともセフィロスファンクラブプレミアムをよろしくお願いいたします。
 
「死ね、ばかたれ!」
 ザックスは叫び声をあげ、ベッドに倒れこんだ。

クラウドの涙ぐましいアルバイトの話
 
「ザックス。だめだ、お手伝い作戦だけじゃ、とてもじゃないけど足りない。おれアルバイトしたいんだけど、助けて」
 クラウドの相談ごとは、たいがい決まったファストフード店で聞くことになる。価格が安いし、クラウドがイモ好きだし、ザックスはジャンクフードが嫌いじゃない。夜八時を過ぎた店内は、まだ混んでいた。会社帰りのサラリーマンや、だらだらした学生、家族連れ、いろんなひとたちが、それぞれのテーブルでそれぞれの用事に夢中になっている。
「アルバイト?」
 クラウドはイモを口につめこみながらうなずいた。
「金稼ぐのって、なんて大変なんだろ。おかしいよ、おれあんなにお手伝いしてるのに、まだ一万ちょっとしかたまってないなんて。どうかしてる。おれの時間をなんだと思ってるんだよ」
「一万って……そんなにたまったことのほうが驚きだろ。一回につきいくらもらってんだよ」
「百ギル。もうこれ以上、さすがのおれでもお手伝いの種類思いつかないってくらいやってる」
 クラウドはバッグから小ぶりのノートを取りだして、日づけと投入金額が買かれたページを開いた。彼はこういう帳面づけだけは几帳面で、まめだ。
「……すげえ、まじでお手伝い回数百回越えてる」
 クラウドはノートを奪い返して、またバッグに戻した。
「発売日まで、あとひと月しかないよ。ピンチだ。クラウドくん最大のピンチ。金がなくてものが買えないなんて貧乏人みたいでいやだ。母さんが聞いたら、泣いちゃうよ。もうバイトするしかない」
「うーん、でもさあ、三万ちょっとだろ? おまえ給料からなんとかなんないの?」
 母親が泣く問題は置いておくとしても、軍の給料は悪くないし、それにクラウドは食費光熱費家賃その他、生活費をいっさい払っていないから、それくらいの金なら調達できるはずだった。
「無理だね。これイレギュラー出費だから。おれの予定にはない出費。しかも、買うのは二個だ。メンズとレディース両方」
「はあ? なんで? 一個でよくね? しかも予定っておまえ、二個買うとしたってよ、三ヶ月前に買うことわかってるんだから、うまいことやりくりすりゃあ、なにもバイトしなくたってなんとかなったんじゃん?」
 ザックスは眉をしかめた。
「その計画性がないからバイトするんだろ。わかんないかなあ。それに、シリアルナンバー0001、片っぽ手に入れたらもう片っぽもそろえたくなるだろ、普通」
「いや、それ普通じゃないから」
 ため息をつき、食べ終えたポテトの容器を、ザックスはトレイの上にぐしゃぐしゃに丸めて置いた。あきれてはいけないし、怒ってもいけない。クラウドはこういう子だ。これは彼の個性だ……と、セフィロスは云っている。そんなわけあるか、ろくでなしなだけだ、とザックスは思うけれど。
「で、なんのバイトすんの」
 質問すると、クラウドがちょっと肩をすくめた。
「ぜったい内緒にしてくれる? 特にセフィロスに」
 ザックスはとてもいやな予感がした。
「……云いたまえ。そなた、なにをしたいのじゃ」
「キャバクラに体験入店ってどう思う。もちろん女の子ってことで」
「…………うそ」
 ザックスは紙コップを持ったまま、しばしあらゆる思考能力を奪われて、固まった。
「ほんと。だってさ、それ以上に短時間で稼げる仕事、ほかにあんまりないんだ。なんでおれ女に生まれなかったんだろうって、生まれて初めて思った。でも、ここであきらめちゃだめだって思って。設定は完璧なんだ。名前は、クララちゃん。車いすから立ち上がるあの子じゃないよ。あれとは別。あんな清楚なキャラじゃない。素のおれでいく。金髪巻き髪の美人で、歳は十八。がみがみうるさい母親と田舎に嫌気がさして、今年ミッドガルに出てきたばっかり。モデル志望。トラックの運転手やってる兄ちゃんがいる。彼氏とは、去年の冬に都会に出ていく行かないでもめて、別れた」
「……なんその細かい設定……」
 ザックスは頬杖をついて、脱力した。
「なかなかいい線だと思うんだけど。でさ、いま、爆乳にするか貧乳にするかで悩んでるんだけど、どっちがいいと思う?」
 ザックスはクラウドの身体をまじまじと眺めた。秋が近づいてきたとはいえ、まだまだ暑いので、クラウドはTシャツと、えらくぴったりしたジーンズを身につけている。彼は全体的に細身なので、女装したって隠してしまえばどうにかこうにかごまかしがきくかもしれないけれど、たぶん、腕だけは出さないほうがいいだろう。筋肉質な二の腕は、あきらかに女性のものじゃない。
「爆乳でいけ。ぜったいそっちのほうがいい」
「それ、おまえの好み?」
「うっせ、ばーか。論理的に考えて爆乳のほうがいいの。とりあえずおっぱいぼいんとあったら、男の目なんていの一番にそこ行くだろ? こう、なんか見えない力に吸い寄せられるようにさ」
「ああ、わかる」
 クラウドがうんうんうなずいた。こいつは男とつきあっているくせに、女の子も大好きだ。いつだか、クラウドがまだ十四のときの話だ、グラビアアイドルの写真集を見せたら、えらく興奮して、食い入るように見ていた……あのときは、この子はノーマルで、もっと平凡な恋愛をするものなんだと信じていたのに……ザックスはまたため息をついた。
「だから、おまえの男の身体を隠すには、おっぱいぼいんでこれみよがしにここ見て作戦でいくしかない……ってなにまじめに考えちゃってんだろ、おれ。ああーもう、おれっていいやつだなあ」
「うん、いいやつだね。ほんといいやつだよ。持つべきものはおまえみたいな友だちだよ。おれ幸せだなあ」
 芝居がかった口調にむっとしたので、うっせえばか調子のんな、と云って金髪をはたいておいた。
「で、なに協力すればいいの、おれ。あのさ、伝わってないとあれなんで一応云っとくけど、おれ心の底から引いてるからね? まじドン引いているからね?」
「うん、いいんだ、昔からのことだから。手伝ってほしいのは、クラウドくんからクララちゃんへの偽装工作。働く店はもう決めてある。面接のときと、本番ばれなきゃそれでいい。大丈夫、おれやればできる子だから、不採用とか、そういうことまずない」
「その自信どっからわいてくんだろ、このばかたれは」
 ザックスはため息をついて、頭をかきむしった。
 結論としては、クラウドくん扮するクララちゃんは、信じがたいほどの巨乳美人として店に登場し、ひと晩で欲しい金額の三倍ほど稼いで、そして一夜限りの幻として永久にこの世から消え去った。

徹夜で並ぶ熱心なファンの話
 
 大量のお菓子と飲み物、毛布、ビニールシート、ゲーム機。ザックスは自分のバイクに積みこまれる荷物を見て、やっぱりクラウドは一度死んだほうがいいのじゃないかと思った。最後に彼がしっかり足下に抱えこんだ布袋がやけに重そうだったので、ザックスは九割方答えがわかっていたけれど、こわごわ質問してみた。
「閣下、それなん? その袋」
「これ? 愛」
「……は?」
「正確には、おれのがんばったお手伝いの成果だけど」
「……やっぱ訊かなきゃよかった」
 彼は重苦しい気分でバイクを転がしはじめた。

 神羅カンパニー直営のグッズショップはミッドガルに何カ所かあって、本社ビル内と、壱番街、伍番街にある。今回の限定品は、壱番街ショップでのみ販売されるらしい。たしかに、ずらずら並ぶ頭のいかれたファンの列を、同日同時刻、ミッドガル市内複数箇所で見かけたいとは誰も思わないに違いない。
 ショップは、オフィス街のど真ん中にある。十階立ての神羅の自社ビルで、一、二階がショールームとグッズの販売にあてがわれ、そこから上はオフィスフロア。ザックスも、ここには入ったことがない。縁がないし、興味もなかった。しっかりシャッターが下ろされているショップの前にバイクを止め、クラウドと荷物を下ろす。神羅社員の特権、と云いわけて、バイクはビルの角のスペースに停めておくことにした。
 いくらシリアルナンバー入り限定商品とは云え、サイン入りでもあるまいし、開店十二時間前から並ぶようなばかは、たしかにいなかった。店の前には、誰もいなかったからだ。オフィス街だから、夜中ともなればひと通りがほとんどない。ときどき、帰りそびれた会社員や、どこかで飲んでいたらしいグループが通り過ぎるだけ。クラウドはバイクを停めているあいだにコンビニまで行って帰ってきたらしく、袋を抱えて、ホットドッグをもぐもぐやっていた。同じものを差し出されたので、ザックスは受け取って、同じようにもぐもぐやりはじめた。ビニールシートが広げられ、コップに飲み物が注がれる。お菓子の袋がぶちまけられて、そこだけ軽い遠足みたいになる。
「なあ、閣下、考え直しません? だーれもいねえじゃん。そんなグッズのためにさあ、並ぶやついないって。ぜーったいいない」
「そんなことないって。おれはシリアルナンバー0001がほしいの。まあ見てなよ、そのうちおれの先見の明があきらかになるからさ」
「なにが先見の明だよ、ばーか。むやみに頭良さそうな単語持ってくんなっつうの」
 ザックスはホットドッグの殻を、空いている袋の中に放りこんだ。
「つうかおまえ、特別会員ってなに」
 転送されてきたメールのことを思い出して、訊ねてみる。
「ん、特別な会員」
 ザックスは金髪をぶっ叩いた。
「説明なってねえ。だから、それなん。どうやってなれんの」
「痛いな、手加減しろよ、クラウドくんなんだから。会費をちょっと多く払うんだ。ほかにもいくつか条件があるんだけど、ファンクラブ以外のひとに話しちゃいけないことになってるから。で、そのかわり、なんかすごいレア情報とかが来る」
「……それ、おまえなる意味あんの? つか、そもそもファンクラブ入る必要なくね?」
 クラウドがポテトチップの袋を開ける。ザックスは問答無用で手をつっこんだ。
「まあ、そうとも云えるけど、だって面白くてさあ、セフィロスの情報いろいろとか、発売されるグッズとかそういうの、真っ先に見て笑いたいんだよね。それにおれがファンクラブ入ってるとか、それ見てこうやってグッズ買いに来ちゃうとか、なんかかわいいだろ」
 ザックスは帰りたくなった。
「……あのさ。すごく前から疑問に思ってるんだけど、君セフィロスのこと、どういうレベルで好きなの?」
 クラウドは首を傾け、ちょっと眉をしかめた。
「グッズ買いに来ちゃうくらい?」
「……それ、ただのちょっときちゃってるファンだと思うんだけど」
「いや、だいぶきちゃってるほうだと思う、徹夜で並ぶくらいだから。そういうのって面白くない? 一番にグッズ購入するのがおれとか、なんか相当面白いと思う」
「……そうね」
 ザックスはもう話しあうのをやめにした。クラウドがそういうひねくれ屋だということは、最初からわかっていたことだった。ひねくれとかいうレベルを、ちょっと越えている気もする。彼の話を真に受けていると、どこまで冗談でどこまで本気なのか、まるでわからなくなってしまう。
 並びはじめて三十分ばかり経ったころだった。こんな時間のこんな場所に不釣り合いな数人の女性グループが、なにやらわめきちらしながらやってきて、まるでそういうものだと決まっていたかのように、クラウドが広げたシートの後ろに並んだ。一番逃しちゃっただの、やっぱりもう一時間早く来ればよかっただのと云いながら、同じようにビニールシートを広げ、毛布をかけあい、飲み物片手におしゃべりに夢中になる。それが集合の合図だったみたいに、続々とひとが集まってきて、列に並びはじめた。
「……まじかよ……」
 ザックスは頭を抱えた。
「まじなんだな、これが」
 クラウドが勝利の笑みを浮かべた。
「だから云っただろ、先見の明があるって」
 徐々に長くなっていく列をあきれながら眺めているうちに、ふいにとても恐ろしいことを思いついて、ザックスは青ざめた。
「……ちょっと待った、なあ、これおれの知ってるやつが来る可能性とかない?」
「あるんじゃない? 軍の関係者とか、特別会員、結構いるらしいよ」
 クラウドがゲーム機をがちゃがちゃやりながら答えた。ザックスはますます青ざめた。
「ちょっと、閣下、毛布貸せ」
「なに、寒いの?」
「違う、顔隠すの、顔! だっておれがこんないかれた列の先頭に並んでるとかまじ、ばれたらおおごとだっつの。いいから毛布!」
「チョコボ柄と、モーグリ柄があるけどどっちがいい?」
「どっちだっていい……あ、いやチョコボはおまえ。それは間違いない。早く貸せ、モーグリ」
 ザックスは毛布を頭からかぶり、冷や冷やしながら一晩を過ごした。幸い彼は関係者にばれることなくやりすごし、クラウドは無事男性用と女性用の、シリアルナンバー0001のバングルを手に入れて、ほくほくしながら帰った。

まわりくどいプレゼントの話
 
 クラウドが帰ってきたのは正午近かった。玄関ドアの真ん前で待ちかまえていたら、入ってきたクラウドが思わず一歩後ろに飛びのいた。
「うわ、あんた、びっくりさせるなよ」
「早かったな」
 セフィロスは云い、クラウドの頭をなでた。これが彼の怒り方だった。こうやって、いつもと変わらずに振る舞い、相手をいたたまれない気持ちにさせる。
「そうだね、午前さままで、あと十二時間くらいある」
 でもクラウドだって、ただやられてばかりじゃない。負けじと云い返すくらいのことはしてくる。
「そのようだ。ところでおまえの机の上にあった壊れたチョコボの貯金箱だが、痛々しい光景なので、まとめてゴミ箱に捨てておいた」
「ちょっと! なんでだよ! あれまたくっつけて飾るんだ!」
 クラウドは怒りで赤い顔になって、リビングのゴミ箱に突進した。
「あああ……おれの貯金箱がゴミ箱に……」
 セフィロスが追いつくと、クラウドはビニール袋を引っぱりだして、絶望的な顔で中を確認していた。セフィロスはちょっとした勝利感に酔った。
「なんてことするんだよ、ひとでなし」
 ひとでなしとはたいした云いぐさだ。自分のことは棚に上げて……クラウドはだいたいいつもそうだけれど。
「同居人にどこへ行くかも告げずに書き置きひとつでひと晩帰ってこないやつのほうが、よっぽどひとでなしだとおれは思うが。ひとでなしというより、礼儀の問題だ……おまえに云っても無駄なのはわかっているが」
「わかってるんなら云わなきゃいいだろ」
 クラウドが唇をとがらせた。
「云わずにいられない。おまえを保護、監督している身としては」
「おれはあんたの子どもじゃない」
「じゃあなんだ」
「……かわいいクラウドくん?」
 セフィロスは脱力した。今回はちゃんとお説教しなければと思っていたのに、怒りやもやもややその他の感情が、あきれすぎていっぺんにどこかへ行ってしまった。どうあったって、この子には勝てない。そういえば、これもまたわかりきっていたことだった。
「なんだよ、正解だろ?」
 ため息をもらしたセフィロスを見て、クラウドがふてくされたように云った。
「……ああ、そうだな」
 額に手を当てて渋い顔をしていたら、なにを思ったのかクラウドがふいに近づいてきた。首に腕が回される。
「なあ、もしかして、心配したの? ほんとに? あんたまさか昨日の夜、寝てない?」
 声の調子がちょっと甘ったれている。ゴミ箱から取り出されたチョコボ貯金箱は、床の上にひとまず放っておかれる。
「まともな神経のやつなら、当然心配する状況だと思うが」
 セフィロスはせめてもの抵抗に、少々冷たい視線を投げる。
「そうかなあ。おれなら寝ちゃうけどな。まあでも、あれだよ、一応、ごめんなさいしとくよ。はいはい、ごめんなさい」
 クラウドがちょっと伸びをして、頬にキスする。ちょっと伸び、は反則だ。彼はこうする自分がかわいいと思ってやっている。そして、実際かわいい。それはほんとうだ。問題なのは、クラウドがそれでなにもかもごまかせると思っていること。それから、そんなことでごまかされるわけがないと思いながらごまかされてしまう自分だ。セフィロスは眉をしかめたけれど、結局なにも云えなかった。
「だけどあんた、おれがなんのために徹夜で並んで買い物したかわかったら、感動でぶっ倒れちゃうよ。ほら、これ」
 クラウドは黒の神羅ロゴ入りショッピングバッグから、黒い箱をふたつ取り出し、目の高さに持ち上げて、ちょっと振った。
「……神羅製品か? なにを買ったんだ」
「限定商品なんだ」
 クラウドはゆっくり云った。
「ここに見えますシルバーの文字、なんと書かれていますか?」
 その瞬間のセフィロスときたら、まったく見ものだった。彼は文字を読み、そこに間違いなく自分の名前が刻まれていることを知って、また勝手に名前が使われたということへの反感と、クラウドが自分の関連商品を徹夜で並んで買ったということへのどうしようもないばかばかしさと、加えておそらく感じてはいけないうれしさと、そういうものが全部ごっちゃになって、とても複雑な顔になった。
「…………なぜふたつある」
 そうしてかろうじて発することができたのは、そのことばだった。
「男性用と女性用。シリアルナンバー入ってんの。どっちも0001だよ。すごいだろ」
 クラウドはもう一度箱を振った。
「中身はなんだ」
 セフィロスはおそらくあまりのことに、額を押さえていた。
「シルバーのバングル。羽デザインだよ。定番のね。これ、店頭で見てきたけど、輪っかがすごく小さくできてるんだ。女性用なんか特に。きっと自力で調節しろって話なんだろうけど。おれはまるかなあ?」
「……おまえ、女性用をはめるつもりなのか?」
 セフィロスは頭がくらくらした。
「うん。広げればなんとかなりそうな気がする。だってほら、男性用はあんたのぶんだから。おれこれ、しばらく外さない。食事中も、風呂のときも、寝るときも外さないんだ。おれの十二時間と、お手伝いと、アルバイトの苦労がつまってるんだ。がんばったなあ、おれ」
「アルバイト?」
 聞き捨てならない単語に、セフィロスは反応した。
「うん。あ、でも安心していいよ。ただのティッシュ配りだから」
「……そうか。いつの間にやっていたのか知らないが……」
「ティッシュ配りってさ、時給結構いいんだよ。屋外労働だし、立ちっぱなしだし。金に困ったら、あんたもやるといいよ。それよりこれ、はい、あんたの。セフィロスがつけるセフィロスグッズ。シャレにならないくらいいかれてるね。なんでもいいけど、これ細すぎ。広げて」
 クラウドが手にしている女性用のバングルは、確かにかなり小さくできていて、女性でもなかなかすんなり通るひとはいないのではないかと思われた。繊細な羽根のかたちのバングルは、制作に手間がかかっていそうだが、いくらしたのかは訊かないほうがよさそうだった。セフィロスは渡されたバングルに力をかけて、うまい具合に広げてやった。
「うん、これでおれでもはめられる。よし、もう外さない。おれ風呂に入ってくる。ひと晩外にいたから、全身べたべただよ」
 クラウドはそう云って、とっとと風呂場に行ってしまった。リビングにひとり残されたセフィロスは、ソファに座って、黒の箱を開けた。クラウドがしていたのよりひと回り大きな、同じデザインのバングルが箱の中に鎮座ましましている。セフィロスはそれを取り上げてみた。内側に、シリアルナンバー0001が、優雅な書体で確かに彫られている。セフィロスグッズだなんて、ばかげている。しかも、こんなどこから着想がわいたのか判断しかねるようなデザインの、自分とは微塵も関係のないものを、売るほうも売るほうだし、買うほうも買うほうだ。金儲け、ファン心理。とてつもなくばかばかしい。でも、セフィロスは大事に箱のふたを閉めて、それから、ゴミ箱行きになっていたクラウドのチョコボ貯金箱の中身を、ふたたび机の上に戻しておいた。ついでに接着剤を出しておいてやった……あとでクラウドが探すから。
 そうして彼は、風呂場のクラウドをのぞきに行った。その腕にバングルがはまっているとどんな感じなのか、ちゃんと見るのを忘れていたから。クラウドはバングルをしたまま頭を洗っていて、セフィロスを見るとスケベを連発したけれど、それは割でよく、クラウドに似合っていた。いつものつんつんのヘアスタイルになら、きっともっと似合っているだろう。セフィロスは微笑して、風呂場を出た。バングルをはめたクラウドと、どうしたってこのあとベッドでひと騒ぎしなくちゃならないと思いながら。

 

※妄想と現実の相違点※
 実際に公式ショップで売られているシルバーブレスレットは、
ワンサイズのみ、それもかなりちっちゃいです。ほんとこれ、誰
がそのままはめられるのっていうくらいちっちゃいです。もう発
売されてます。価格は3まん2せんえん。ショップ限定品です。
シリアルナンバーはもちろん入ってません。また、数量限定商品
でもありません。並ばなくても買えます。

 

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