ものが多い部屋と、なにもない部屋
ローコヴェンハウム氏はメイベル嬢をきれいにすると、お茶を一杯飲んで帰っていった。いくら自営業従事者とはいえ、仮にも責任ある男なら、そう何時間も仕事を放り出して好きにしていいということにはならない、と彼は誇らしげな顔で云い、クラウドの頭をひっかき回してから、いなくなった。
ふたりは昼食の後、ようやく二階に上がった。クラウドの部屋を見るためだ。セフィロスの心臓はいつもより心なしか情熱的に脈打っていた。木板を並べた細い階段を上がって、左手がクラウドの部屋だった。ドアにもくもくした雲をかたどった空色の板がぶら下がっていた。でもなにも書かれていない。きっとクラウド流のしゃれだ。見て、察するべし。それの意味するところはひとつしかない。
「……昔、猫を飼ってでもいたのか?」
ドアの下に、猫用の上げ蓋式小窓がくっついていたので、セフィロスは首を傾げた。
「違うよ。猫なんか飼ってない。おれが使うんだ。ここに首つっこんで、ドア開けずに今日のご飯がなにかわかるように。自分で作ったんだ。いいだろ。もちろん、猫が使ってもいいんだけどさ」
セフィロスは内側からそこに鼻先をつっこむクラウドを想像して微笑し、たいへん実用的な用途だと思うと述べた。クラウドは気をよくしてドアを開け、先に中へ入っていって、鎧戸を開けた……セフィロスはその瞬間に、こんなイメージを思い浮かべた。おとぎ話の中で悪い魔女によって魔法をかけられ、長いこと眠っていた城が、偉大な冒険を成し遂げた主の帰還によってふたたび息を吹き返す。光が射しこみ、使用人はもと通りに働きはじめ、庭の草木は緑を取り戻す……それと同じことが起きているのを感じた。決して広くはない部屋は、それでも、まるで遊園地かおもちゃ屋だった。子どもの喜ぶものをかきあつめて、ごたごた並べた場所。天井のライトはぶどうみたいに丸い電球がいくつもぶら下がっているやつで、そこにさらに「まだらのひも」(おお怖い!)がくくりつけられ、ひもの先には蛍光塗料が塗ってある星と、小さなトンベリがくくりつけられていた(あるいはマスタートベリを模倣したものかもしれなかった。でもあいつは実際出会ったらいやなやつだ)。天井には世界地図が貼りつけられ、ベッドに寝転がっていつでも世界旅行をした気分になれるように工夫されている。これなら、眠れない夜だって退屈しないだろう。そして、天井からはライトのほかにもうひとつ、忠実に再現された、飛空挺模型がぶら下がっている。
壁には、実にいろいろなものが貼ってある。野球チームミッドガルウォーリアーズの、数年前まで四番を打っていた選手のが一枚、高原にキャンプに行ったときに買ったらしいペナント、あきらかにローコヴェンハウム氏の影響に違いない、渋いおやじ面のロックバンドのポスター、母親との写真、蝶とカブトムシの標本、ばかでかいバイクのポスターが複数枚。それから、打ちつけられた釘に引っかかっている野球グローブと帽子、陽気な鳩時計。部屋の隅に、子ども用の木馬がいて、その横にはブリキのおもちゃ箱。ものすごい数のぬいぐるみや積み木や、ゴムボール、いろいろなものがごちゃごちゃと入れられている。カラフルな色に塗られた棚の上には、シンバルをばしばしやるサルや、神羅兵コレクション、チョコボのぬいぐるみ、ドラゴン、ミニチュアの恐竜、バイクと自動車の模型、ゲルニカ模型、そしてクラウドお気に入りのブタのぬいぐるみ。カードコレクションとミニカーコレクションで占領されたガラス棚もある。きのこの形をした小さな座椅子と、リンゴの形をしたテーブル。ベッドにかけられた布団は青い星柄。上にはクッションやぬいぐるみがこれでもかとばかりに置かれている。もの、もの、もの、もの、ものだらけだ! これはまったくクラウドの部屋だった。ミッドガルにもある部屋が、ここに忠実に再現されている……否、逆だ。クラウドはミッドガルに来ても、この部屋を忘れることなく忠実に再現したのだ……違うのは、置かれているものだけ。セフィロスは興奮してきた。
「実はさ、屋根裏もあるんだ」
クラウドが笑って天井の一角を指さして云った。指の先に、棒を引っかけるためのフックがある。
「あんた、開けてみる? ほんとはクラウドくん専用だけど、まあいいよ、特別に。初回限定だ」
セフィロスは差し出された棒を受け取った。そうして腰に手を当て、ひとつ眉をつり上げてから、フックを利用し棒を引いた。蓋が開いて天井に真四角の穴が空き、はしごが数十センチずり落ちてきた。セフィロスはそれをつかんで、引っぱった。がらがらと音を立てて、はしごは床と屋根裏をつないだ。ひとにすすめておきながら、クラウドは靴を投げ捨てて我先にはしごを登り、天井の穴に吸いこまれていってしまった。
「来るんだったら靴脱いで。土足厳禁なんだ」
クラウドのちょっとくぐもった声がした。セフィロスは云われたとおり靴を脱いで、はしごを登っていった。
屋根裏は広かった。屋根の形にあわせて、片側の天井が傾斜している。広さは十分だが、いかんせん高さが足りなかった。セフィロスは高低差をうまいこと越えられず引っかかった猫みたいにもたもたと這い出て、あぐらをかきながらおそるおそる背を伸ばした。幸い天井に頭が当たらないうちに、彼の背中は伸びきった。脚が長くて助かった。もし胴長短足だったら、確実に天井につっかえてしまっていただろう。
クラウドは壁に背中をくっつけて座っていた。そうして、ここは自分の秘密基地だと云った。セフィロスはあたりを見回した。つきあたりに小さな窓があって、明かりがすこし入ってくる。でもそれだけでは足りないので、天井に蛍光灯がくっつけられていた。配線が壁づたいに階下に伸びている。床に小さな穴があいていて、そこを通るようになっているらしかった。天井が傾斜している側の壁に、おびただしい数の子ども用の小さな帽子がかけられている。ちょっと事件なほどの数だ。壁の端から端まで、ずらりと等感覚に二列に並んでいる。麦わら帽子、パナマ帽、テンガロンハット、ベレー帽、ニット帽……。さすがに目出帽はなかったけれども。
「おれ、昔ちょっと帽子魔だった時期があって」
クラウドは恥ずかしげに告白した。
「知りたきゃ母さんに訊いてよ」
セフィロスはあとでそうすることを心に決めて、部屋の観察を続けた。中央に、ローテーブルと座椅子、クッションがある。床には毛足の長い絨毯が敷かれている。壁ぎわに本棚。マンガや雑誌やCDが並んでいる。床の一角に、スケッチブックが積み上げられている。たぶん、彼が作りたがっている、あるいは作りたがっていたいろんなものの設計図とか図面だ。部屋の隅に、古いオーディオセット。下の混雑ぶりがうそのようにシンプルだ。たぶんここはクラウドの安らぎ部屋なのだろう。あれだけものがたくさんある部屋では、ちょっと落ちついて読書などできないに違いない……もっとも、クラウドならできるのかもしれないけれど。
「なかなか落ちついたいい部屋だ」
セフィロスは云った。クラウドは鼻を鳴らして、得意げな顔になった。
「ちょっとほこりっぽいのはあるが」
「そりゃあしょうがないよ。屋根裏だもん。でもおれここが一番好きだ。家の中で。その次が自分の部屋。あ、そうだ、開かずの間に風通さなきゃ。今晩そこで寝るんだった」
「開かずの間?」
セフィロスは首を傾けた。
「そう。客室のことだけど。でも、使われたためしがないんだ。だから開かずの間。ベッドがふたつあるけど、それ以外はなんにもないんだよ。サイドボードと、ランプだけ。シーツ持ってきてよ。敷かないといけないから。あと母さんが、枕は一度外に干せって云ってた。あんたのぶん。おれは自分のがあるからいいけど」
そう云って、クラウドは慣れた様子でどんどんはしごを降りて、ひとりだけ戻っていってしまった。セフィロスは苦笑した。シーツや枕をどうこうするのは、きっと自分なのだろうなと思いながら。そうして、もう一度屋根裏を見回し、スケッチブックを手にとって、開いてみた。一番最初に出てきたのは、「母さんが天窓を掃除するとき用のはしご(すごく頑丈、高安定)」。それから「猫の踏み台」「鳥の餌やり台」「リスのまくら(母さんリスと子どもの)」「トンボの羽をつまむピンセット」という具合に続く。セフィロスはすこし不思議に思う。こういうのはよく描けるのに、どうして普通の絵は下手なのだろう? そのあまりのひどさにザックスがクラウドのことを「画伯」と呼んでいたけれど、これはまったくおかしな話だった。彼はスケッチブックを戻して、屋根裏の一時的な探索を終えた。