クリスマスとこのお話のおしまい
クリスマスまであと三日になり、クラウドはようやくすっかり元気になった。ピエントさんは、クリスマス用の樅の木を切りに行くのを、クラウドがよくなるまで待っていてくれた。それで、クラウドはザックスとピエントさんと一緒にそりを引いて森へ出かけ、中くらいの樅の木を、合計三本手に入れた。ピエントさんのと、ザックスのところのと、クラウドのところのだ。木を一本切るたびにそりの中へ転がして、うんうん云いながらそりを引かなくてはならなかったので、この仕事には一日かかった。三人はすっかりくたびれて、汗をかいたのでみんな頭から湯気が出ていた。
その次の日は、みんなで連れ立ってトルギポリの街へ買い物に行った。ピエントさん夫妻も一緒だった。街はクリスマスを待ちわびるムードが絶頂で、爆発寸前だった。あちこちでトナカイやサンタクロースが手を振り上げたり、首を振ったり、そりを引いたりしていた。ちかちかするきれいなクリスマスツリーがいたるところにあった。クラウドはまたグロリア未亡人からもらったポラロイドを持ちだして、そういうのをいちいち写真に収めた。学校が休みに入った子どもたちが大勢はしゃぎまわっていた。山高帽をかぶったおしゃれな男性や、分厚いコートを来た女性が、両手に紙袋をいっぱいぶら下げて歩いたりしていた。一行は集合時間を決めてめいめい食料品店やおもちゃ屋などに駆けこみ、他のひとに負けじと樅の木に飾りつけるための電球や、いろんなひとへのプレゼントや、七面鳥や、サンタクロースのための靴下を買いこみ、両手を荷物でいっぱいにした。
「煙突があるんだから、サンタクロースぜったい来るよ」
靴下屋に入っていって、戻ってきたクラウドが、例のよくずれる耳あてを直しながら云った。
「だって、ニブルの家にも煙突があってさ、毎年、靴下の中にプレゼントが入ってた。ミッドガルでサンタが来なかったのは、煙突がなかったせいだよ。違う?」
「おまえ、サンタクロース信じてんの?」
ザックスがびっくりしたように云った。
「あら、わたしも信じてるけど」
その横にいたエアリス嬢が首を傾けて云った。
「どうして、いないって断言できるの?」
ザックスは黙りこみ、クラウドと色違いのもこもこした毛糸の靴下を買った。
クラウドの母さんやピエントさんの奥さんは張り切って、クリスマスクッキーの材料や、クリスマスのごちそう用の食材をこれでもかとばかりに買いこんだ。ふたりにはちょっとした計画があった。お互いに、地元流の料理を作って、披露しあうのだ。クラウドの母さんは前日の夜こっそり息子に、「見てなよ。太った中年より上の女だけが料理がうまいなて云わせないからさ! あのでっぷりした旦那の体重、ひと晩でニキロくらい増やしてやるわよ」と一種の宣戦布告をしたのだった……。
みんなきらきらしたイルミネーションに包まれた商店街をぶらぶら歩きながら、いろんなものを買った。クラウドは立派な角がついたトナカイの被りものを買った。クリスマスのパーティーでかぶるためだ。テンガロンハットを見つけて、すごく欲しかったけれど、それはマグリム青年が買ってくれることになっているので、それまで我慢しなければならなかった。クラウドはセフィロスがなにを買ったのか気になって、フェルト帽をかぶっている黒い背中に体当りして、紙袋の中身を見せてくれるように云ったが、セフィロスは応じなかった。クラウドはないしょにしておいていいから、しましまの棒キャンディーを買ってくれるように云った。で、五分後にはにこにこしながら白と赤のしまのキャンディーをなめていた。
クラウドはすごく幸せだなあと思った。母さんとクリスマスの買い物をするのは三年ぶりのことだったし、セフィロスとははじめてだった。彼は、ミッドガルではあまり出歩かないので。クラウドはほんとのことを云うと、セフィロスとこういうことがしたかったのだ。でもセフィロスは都会派じゃないし、買い物はあんまり好きじゃない。クリスマスの準備はほとんどグロリア未亡人がすませてくれていて、ふたりがやることといったら飾りつけくらいのものだった。でも、今年はなにもかも違う。全部みんなで作るのだ。こんなにひとがいるクリスマスというのもはじめてのことだ。セフィロスも、ザックスもその彼女も、母さんも揃っている。それにひとのいいピエントさん夫妻も。今年は、みんなでパーティーをするのだ。クリスマスイブには、たぶんめいめいが好きに過ごすだろう。でも、クリスマスの日には、クラウドの母さんとピエントさんの奥さんの料理を食べ比べながら、わいわいやることになる。クラウドはトナカイの被りものをかぶって、ザックスとセフィロスはたぶん、赤いサンタ帽子をかぶって。ああ、サンタクロースは来るだろうか? こんな寒い北国の、煙突のある家になら、きっと来るはずだ。ニブルのときみたいに。サンタクロースは親だ、と学校に行っていたときクラスの生意気な男の子が云っていたけれど、そんなのうそにきまっている。だって、もしそうだとしたら、母さんはプレゼントをふたつも用意してくれていたことになる。パーティーのときにクラウドがもらうやつと、靴下の中に入っているやつと。ほんとはクラウドだって、きっと母さんなんだろうな、と心の隅っこの方で思うけれど、でもそんなこと、考えないほうが幸せなのだ。
いつの間にか、あたりはすっかり暗くなっていた。大きなパブの前で、巨大なサンタクロースの人形が電気の力で懸命にダンスをしていた。ピエントさんはその横に立って、腰を揺すりながら真似をした。その奥さんも真似をした。通りがかりのひとたちがみんな笑った。クラウドの母さんが「あたしに踊らせたら警察が来るわよ」とにやにやしながら云った。
「知ってるよ」
クラウドは云った。
「母さんの踊りって、ダイナマイト級だもんね」
「あたし、ほんとのこと云うと、踊る用の服見かけたから、買っちゃったの」
母さんはウィンクした。
「どぎついやつ?」
「パンツ見えそうなやつよ」
母さんはけらけら笑った。
翌日は樅の木の飾りつけや、母さんの料理の手伝いや、あれやこれやであっという間に過ぎてしまった。そうしてクリスマスイブの夜、母さんはひとりで街に行くと云って、クラウドを面食らわせた。
「なんで?」
クラウドはぴょんぴょん飛び上がって云った。
「あのねえ、イブってのは、なんのためにあるか知ってる? あんたたちみたいな連中のためにあんのよ!」
母さんは笑って、セフィロスと、クラウドを交互に見た。ふたりは顔を見合わせた。
「明日はみんなで楽しむ日。で、今日はしっぽりやる日。なんていうかさ、公にコンドーム大量消費する許可が出るようなもんよね」
クラウドは眉をつり上げ、セフィロスは心なしか、顔が青くなった。
「だから、あたしは街に行って、独身の男拾って楽しむの。あたしあのザックスちゃんに超ハジけちゃうゴムあげたんだけど、あんたたちもいる?」
セフィロスはめっそうもないと首を振った。母さんはげらげら笑った。
「じゃあ、そういうわけでね。明日の朝には帰るからね。心配しないでいいのよ! メリークリスマスイブ!」
母さんは叫ぶと、ものすごいハイヒールを鞄につっこんで、出ていった。
「あーあ」
クラウドは閉まったばかりのドアを見て、ため息をついた。
「母さん、たぶん、今日べろんべろんになるんだろうなあ。酔っ払うってわかってるなら、あんなハイヒール履こうとしなきゃいいのに。それでさ、靴がかわいいから迎えに来て、とかやってるんだ。女のひとって、なんでああなの?」
「知らない。知りたくない」
セフィロスはまだ少し青ざめた顔で云った。
でもふたりは気を取り直して、クリスマスイブの小規模なパーティーの準備に入った。いつもクラウドがパーティーのときにやっているみたいに、おもちゃを全部テーブルの周りに並べ、テーブルの上にろうそくを置いて、昨日のうちに、家の壁という壁にぶら下げておいた豆電球のスイッチを入れ、母さんが作ってくれたミートパイとポテトサラダを出し、母さんがニブルからしょってきたどぎつい赤ワインをソーダで割ってシャンパンっぽくして、乾杯した。クリスマスに飲む酒は身体にいいと母さんが云うので、クラウドはクリスマスには飲酒が許可されているのだ。母と息子の取り決めには、総理大臣だって割って入ることはできない。もちろん、セフィロスにも。クラウドはプレイヤーの中を漁って、クリスマスの音楽をかけた。街で買ってきたケーキをもりもり食べて、赤ワインソーダ割りをぐいぐい飲み、げらげら笑う。暖炉の火が赤々と燃えている。セフィロスは腹がよじれるような冗談を真面目な顔で云ったり、物憂げに笑ったりする。
食事のあと、ふたりは家の外の樅の木を見て気分に浸るために、外へ出た。雪は降っていなかった。そのかわり、空気が澄んでいて、とてもきれいな月が浮かんでいた。セフィロスが少し散歩しないかと云った。クラウドはこくんとうなずいた。
彼はほろ酔いだったので、頬に当たる冷たい澄んだ空気をとても心地よく感じた。ふたりはさっきまでの馬鹿騒ぎを恥じるかのように、黙りこくって、静かに歩いた。ふたりの足の下で雪がぎゅっぎゅっと音を立てた。
彼らは森の中に入っていった。夜の森は月明かりが届かず暗くて、木の陰が不気味にあたりに広がり、あんまり静かで、そら恐ろしい感じがした。こういうときに突然おそわれる恐怖について、古代のひとびとはパーン神によるものと考え、そこからパニックということばが生まれたが、クラウドもその気に当てられて、思わずセフィロスのコートの袖をつかんだ。セフィロスはしっかりとクラウドの腕をつかまえた。それでクラウドは、そこまで怖くなくなった。
木々のあいだをゆっくりと歩く。セフィロスは湖の方へ向かっているらしかった。クラウドは黙って彼に片腕を任せて歩いた。セフィロスが寒くないか訊いてきた。クラウドは平気だと答えた。
湖は木々をかきわけた先に、ふいに現れる。表面がすっかり凍りついていて、青白い月の光を写して、幻想的に濡れ光っていた。クラウドはそのあまりの美しさに、しばしことばを失ったくらいだった。だから、湖の真ん中に、見慣れないなにかがあることに気がつくまでに、一、二分を要した。なにか、おそらくかなり大きなものが氷の上に置かれていた。それは湖の氷と同じ、月明かりの色をしていた。いまいる場所からでは遠くてよく見えなかった。
「あれ、なんだろ?」
セフィロスは微笑して、歩き出した。クラウドの腕を相変わらずしっかりつかんで。まるで、クラウドが氷の上になんか乗ったこともなくて、すぐに転んでしまうと思っているみたいに。
湖のほとりを過ぎ、氷の上に乗り出し、少し歩いたところで、クラウドは目を見開き、足を止めてしまった。湖の上にあるものの全体像が見えてきたからだ。
それは、チョコボ車だった。雪でできたチョコボ車、いわば雪像のチョコボ車だった。ほとんど実物大ではないかと思われるチョコボが、ひとり用の屋根のない車を引いている。ふたつの大きな車輪が、氷の上に実に慎重に接していた。チョコボは片脚をちょっと折り曲げ、まっすぐ前を向いて、いまにもそこから歩き出しそうだ。誰もいない森の中の氷の上に、この動かない、しかしいまにも動き出しそうな、確かな躍動感と生命力を持った雪像は、不思議な調和を見せていた。クラウドは胸がつまって、なにも云うことができなかった。雪像を作るのがどれだけ大変か、クラウドはよく知っている。雪を運び、水をかけて凍らせて引きしめながら、雪のひとかたまりをつないでいくという、いつ果てるともしれない途方もない一歩を、ただひたすら繰り返す。まっすぐなところはまっすぐに、曲がったところは曲がったなりに、ラインとその表面を整え、完成度を高めていく。
「おまえが母親に看病されているあいだ」
セフィロスは苦笑しながら云った。
「おれは、することがなかったのでこんな遊びをはじめたわけだ。遊び……というのかどうか。おれはなにか、無心になれるものを探していた。無心になって、没頭できるものを。そうして、きっかけをもう忘れてしまったが、これを作ることを思いついたんだ。おまえが自分で動かしたがるようなチョコボ車。おまえならわかるだろう、人間には、これが完成したら、自分の願いも叶うに違いない、そういふうに願かけをする、奇妙な習性がある。実際には、おれが約束した仕事を成し遂げるより先に、おまえは元気になったわけだが。でもはじめたものは、やり終えなくてはな。なにごとも。とりあえず、今日のプレゼントだ。クリスマスイブおめでとう」
クラウドはまだ魔法にかかったみたいに、チョコボ車を見つめてぼうっとしていた。やがて彼はゆっくりと、視線をセフィロスに移した。彼の目は、いまにも涙をこぼしそうだった。でも、彼は泣かなかった。鼻をすすって、あわてて目をこすり、セフィロスにチョコボ車に乗っていいか訊ねた。セフィロスは崩れるかもしれないが、やってみてもいいと云った。クラウドは荷台の部分にうまいこと足をひっかけて、車の中に入った。そこには腰かけるための小さな段差が作ってあって、クラウドはそこに座った。お尻がひどく冷たくなるだろうが、そんなことは知ったことじゃなかった。そして、まるでチョコボをあやつっているみたいに、手綱を引く真似をした。雪像は壊れなかった! クラウドは明日ぜったいに、ここへカメラを持って来ると云った……でもいくら写真を撮っても、いまのこの幽玄な月夜の晩の思い出には、ぜったいに敵わないだろうけれど。
クラウドはうれしくて、すごくうれしかったので、帰りはセフィロスの腕をぎゅうっとやった。真っ暗な森だって、ぜんぜん怖くなかった。たぶん、パーンはエロースの力の前に、裸足で逃げたのだろう。家に入る前に、樅の木の前でセフィロスに冷たくなったズボンの尻をはたいてもらってから、クラウドは彼にキスした。セフィロスはおどけて眉をつり上げ、目玉をぐりぐり動かした。きんきらの星をつけたかっこいい樅の木は、たぶんそれを見ていただろうけれど、なんにも云わなかった。
クラウドはセフィロスに、手作りの立体風景を贈ってしまった。ほんとうは明日渡す予定だったけれど、あんなに感動したあとに、その気持ちを返さないのは人間のすることじゃないと思ったのだ。セフィロスはすごく優しく笑って、クラウドをぎゅっとして、鼻先にキスした。それからふたりは風呂に入って、ベッドに入った。そうしてクラウドが母さんの云いぶんに従ってベッドの中でぐずぐず云っているとき、その母さんはというと、街のクラブでどぎつい服を着て踊り狂っていた。彼女の周りには、警官ではなくて男たちが群がっていた。
ザックスは、エアリス嬢とコテージにいた。ふたりはささやかなパーティーをして、すっかり楽しんだあとだった。ちょっとロマンチックな雰囲気が、ふたりのあいだに漂いはじめていた。
「あのさあ」
ザックスがふいに云った。エアリス嬢は、彼の肩に頭をのっけたまま、なあに、と云った。
「これ、おれからのプレゼントね」
ザックスは小さな箱を手渡した。エアリス嬢が急にしゃきっとなった。
「開けてもいいの?」
「もち」
ザックスは笑った。エアリス嬢はその通りにした……そうして、目を丸くした。
「ザックス!」
彼女は叫んだ。箱の中には、青緑にきらきら光る指輪が入っていた。
「まあねえ」
ザックスは鼻の頭を掻いた。
「男ってさあ、プレゼント選ぶとなるとね、なかなか気が利かなくなっちゃうのよね。たぶん想像力欠如してんだな」
「ありがとう!」
エアリス嬢がふいに叫んで、ザックスに飛びついた。
「大事にするね。大事なときしか、しないの」
「それじゃあげた意味ないじゃないの」
エアリス嬢は「男って、こういう気持ちわっかんないのね!」と笑いながら云った。
「でも、この指輪、ミッドガルのものじゃなさそう。誰に教えてもらったの?」
ザックスはぎくりとした。
「なにが?」
「白状しなさい。どんな女の子に、教わったの?」
「やだなあ、あのさあ、別に……」
「いーいーなーさーいー。誰か、女の子に相談したでしょ?」
ザックスは頭をかきむしった。
「はい、しました」
彼は男らしく認めた。
「どんな子?」
「パブのウェイトレス」
「あーあ! 油断も隙もないんだなあ! なんて名前の子?」
「……ライラちゃん」
「で、どうやって教えてもらったの?」
「……まあ、ちょっと、チップをはずみましてですね。何度かメールと。がめついったら、あの子。いい商売してくれちゃってさ!」
エアリス嬢は笑い転げた。
それからザックスは、クラウドの母さんがくれた「最高にホットなゴム」を使うか使わないか、長いこと頭を悩ました。
クリスマス本番のパーティーは、前日とは打って変わって、はちゃめちゃで、陽気なものになった。午前のまだ早いうちに、エアリス嬢がクラウドの母さんの料理の手伝いに来た。クラウドの母さんは二日酔いで頭痛がしているにもかかわらず、彼女にてきぱき指示を飛ばし、自分も台所に立って、いつも通りか、それ以上においしい料理をしっかりこしらえた。みんなはピエントさんの家に、午後五時に集合した。ピエントさんの奥さんは素直においしいと認め、ピエントさんはたしかに、一キロかニキロは増えそうな勢いで、自分の妻と、他人の妻の料理を食べ比べた。クラウドの母さんはそれで、密かに鼻穴を膨らました。もちろん、ピエントさんの奥さんの料理も、どっこいどっこいなくらいおいしかった。
みんなことごとく陽気にやった。クラウドはトナカイの被りものをして器用にでんぐり返りをし、ダンスをした。クラウドの母さんは息子があんまりかわいいのでことばを失い、昨夜のアルコールがまだちょっと身体に残っていることなどものともせずに、蛇口から水を飲むみたいにごびごび赤ワインを飲んだ。ピエントさんとその奥さんは太った身体からは考えられないほどの華麗な、ほとんど一級品と云っていい足さばきで妖艶にタンゴを踊り、喝采を浴びた。ザックスはしゃべりまくった。エアリス嬢はそれにいちいち笑わずにいられないつっこみを入れた。そしてセフィロスはというと、宴会芸なるものを持ち合わせていないので、それらを眺めて黙っていた。でも、彼はそれでいいのだった。ただいるだけで、価値のある人間というのがいるものだ。たとえばその雰囲気であったり、容姿であったり、そのひとの気配というものが、ただそこにあるだけで他人を満足させてしまうような、不思議な魅力を持ったひとというものが。
みんなたいへん食べて、飲み、酔っ払った。最終的に、酔っ払わずに残ったのはセフィロスだけになってしまった。みんな実にいろんなところで寝た。ソファの上、テーブルの上、椅子を二つ連結したものの上、台所の隅っこ。クラウドはというと、セフィロスの膝の上にトナカイの被りものをしたままの頭を載せて、すやすや眠っていた。時刻は午前一時を回っていた。セフィロスは宴のあとの光景を見回し、微笑して、そっとクラウドを抱き上げて、ピエントさんの奥さんが昼間のうちに用意してくれていた寝室へ上がっていった。せっかく客室が整えられているのに、そこにちゃんと寝ているのはふたりだけというのは、ちょっとかわいそうな話だった。それでセフィロスは思い直して、ザックスをたたき起こすことにした。
「やめて、おれ眠いの。いま招集かかっても、おれ応じないからね……」
セフィロスはそうかと云って、あっさり諦めた。
寝室へ戻って、クラウドの隣のベッドに横になり、彼はふとなにかとても神聖な気持ちになって……それはもしかすると真摯なクラウドの寝顔を見たためかもしれず、彼の枕元に置いてあるトナカイの被りもののためかもしれず、あるいはさっきまでのどんちゃん騒ぎがうそのように静まり返った家の雰囲気のためかもしれなかった……眠り続けるクラウドを見つめた。そうして、この長いような短いような十日ばかりのあいだに起きた出来事を、いろいろ思い返した。まったく穏やかな休暇とはほど遠かった! クラウドのことでは死ぬほど心配したし、別に振るいたいとも思っていなかった刀を振り回すことにもなってしまった。ザックスがいてくれて助かった……彼はいつでも役に立つ。どんな要求にも笑って応じ、どんな事態にぶち当たっても自分を明るくすることを忘れない。彼みたいな男には、エアリス嬢のような、ノリのいい、でも繊細なところを持った女性が必要だ。ザックスだって、三百六十五日明るくタフな男でいられるわけではない。彼がほんのちょっと物憂い気持ちに襲われたとき、それを敏感に感じながらも放置できる我慢強さがあって、でもとことんひどくなるまでは放っておかないような、そんなひとが必要なのだ。そしてクラウドの母さん……彼女はほんとうに個性の極みみたいなひとだが、とても素晴らしいひとだ。いい母親をやろうなんて思ってもいないのに、とんでもなくいい母親だ。明るくて、へこたれなくて……向こう気の強いところなんかはクラウドにそっくりだ。ピエント夫妻もお茶目でいいひとたちだ。それにクラウドが友だちになったらしい、ハンチング帽のピルヒェさんはぜったいに作家の才能がある。その友だちのコランダー捜査官はすばらしいボスだ。相棒のライオネル捜査官は、今回のようなことを何度も経験して、きっと上司のようないい捜査官になるだろう。捜査局のみんな。ひとのために自分の命を懸けられる人間は、みんなとびきりいいひとばかりだ。クラウドを勧誘してきたチョコボ車の馭者ゲインシュタルトさん。クラウドは、たぶんその仕事に向いているのではないか? ゲインシュタルトさんのようなひとのもとで、大自然の中で、チョコボと一緒に暮らせたら、クラウドはきっとミッドガルにいるより三百倍も幸せだろう。彼の相棒のケルバとバンゴ。クラウドはこの二匹のことがすっかり好きになってしまった。マグリム青年とマティルダ嬢は、いまごろはミディールでよろしくやっているだろう。彼らはきっと、来年あたり結婚して子どもができるだろう。ホープニッツェル教授とその研究仲間、それにカドバン准教授は、研究対象が壊滅的被害を被ったのでミッドガルに帰ってしまったが、かわいそうなことをした! シノザキ助手はあまり好きになれそうにない人物だったが、しかし死んでしまったからには、できるだけ心穏やかな魂(という表現は文法上おかしいだろうか?)として過ごしてほしいものだ。心優しいエリクソンさんのことも忘れてはならない。帰りの汽車に乗ったら、きっとまたウィリアム・ウィリアムソンさんに会うだろうから、彼に忘れずにクラブS.O.Nのことを説明しなくては。
身内だけの穏やかな、静かな休暇は、いいものだ。でも、たくさんのひとに出会い、いろんな経験をする休暇もまたいいものだ。特に、クラウドのようなまだ若い子にとっては。今回のことで、クラウドもちょっとは成長しただろうか? でもクラウドは、いまのままでもう十分にいい子なのだ。これ以上どうにもならなくてもいいくらい。セフィロスと、それからたぶん、彼の母親にとっては。しかしほんとうに、クラウドはなんてかわいい鼻をしているのだろう! それにきれいな金髪!
セフィロスはいろいろな思い出や印象に浸りながら、うとうとした。
年明けすぐに、ザックスが緊急の電話を受けた。ミッドガルに帰る必要はないと云われたらしいが、みんなのためにできるだけすみやかに帰ってやりたいと主張したので、彼に合わせてみんな帰ることにした。セフィロスもクラウドも、クラウドの母さんも、エアリス嬢もみんな。
ピエントさんがすごく悲しそうな顔でチョコボ車を手配し、ゲインシュタルトさんがやってきた。みんな乗りこみ、ピエントさん夫妻と別れを惜しんだ。
「またぜひいらしてください」
ピエントさんは云った。
「あんな楽しいクリスマスは、ここ最近なかったですよ」
「息子がようやく休暇がとれたっていうの。明日から来るのよ」
ピエント夫人はストライフ夫人にうれしそうに云った。
「あなたたちが帰るのは寂しいけど、でも息子に会えるのはやっぱりうれしいわ」
「そりゃあそうよ」
クラウドの母さんは云った。
「なんてたって、この世で一番かわいいもんね。ねえ、あなたのキャベツの酢漬け、すごくおいしかった。今度レシピ送ってくれない?」
ふたりの夫人は、仲良しになっていたのだった! クラウドは、女ってわっかんないなあ! と思い、耳あてを直した。最後にみんなで写真を撮り、チョコボ車は出発した。
トルギポリの駅で、ゲインシュタルトさんと、その相棒のケルバとバンゴと別れた。クラウドはすごく悲しくて、あやうく泣きそうになった。
「坊主、忘れんなよ。職に困ったら、トルギポリのゲインシュタルトさんのとこだ。それから、おまえにこれやるよ」
ゲインシュタルトさんは、クラウドに馭者用のあったかいポンチョをくれた。ちょっと、チョコボくさいやつだ。クラウドはうれしくて、すぐにそれを着てみた。割とよく似合っていた。クラウドはそれを着たまま、ゲインシュタルトさんと、チョコボたちに挟まれて写真を撮った。
そしてさらに今度は、クラウドの母さんとクラウドが別れなくてはならなかった。ミッドガルとニブルヘイムでは、帰る方向がぜんぜん違っていた。みんなはミッドガルに向かうコンチネンタルの乗車ホームに向かい、クラウドと母さんはその反対のホームに歩いていった。クラウドは母さんと別れるのがほんとにつらかった! でも、男なら我慢しなくてはいけない。
「いい、あんた、腹出して寝るんじゃないわよ」
クラウドはこくんとうなずいた。
「同じパジャマ一週間も着てたらダメよ。せいぜい三日くらいで洗濯に出しな。あたしに送ってもいいから。それから、靴下に穴があいたらすぐに云ってよこすのよ。ハンカチも持ち歩いて。いい? ティッシュと一緒によ。なるべくピーマン食べな。身体にいいから。それと、あんた、お菓子ばっかり食べたらダメだからね。寝る前に食べちゃダメ。歯磨きしたら、すぐ寝るの。いい? ドライヤーあんまり使い過ぎないでね、あんたの金髪痛むから……」
もし大陸の西側へ向かう汽車がホームに来なかったら、クラウドの母さんはいつまでも息子に注意し続けていただろう。でも、汽車が来てしまったので、クラウドの母さんは息子をぎゅうっとやって、ほっぺたと鼻の頭と額にキスしてから、汽車に乗りこんだ。ドアが閉まった。クラウドは汽車と一緒にホームを走った。そうして汽車が見えなくなっても、ずっと手を振っていた。クラウドの母さんは、汽車の中で、ハンカチを取り出して目頭を押さえていた……。
クラウドはちょっと翳のある顔で……でも、そんなふうに思われないように注意していつもどおりに装いながら、みんなのところへ戻った。セフィロスもザックスも、クラウドをいつもどおり、そっけなく思えるくらいの態度で出迎えた。こういうとき変に気を遣われるのはきまりが悪いということを、みんな知っていた。女性には珍しいことだが、エアリス嬢もそのへんをわきまえていて、クラウドにちょっと含みのある笑みを見せただけで、それ以上あれこれ云わなかった。
コンチネンタルが、休暇に出かけたときと同じように、もくもくと煙を吐きながらホームに滑りこんできた。クラウドは今度も、グロリア未亡人からもらったポラロイドで写真を撮ったが、煙突によじ登ることはしなかった。みんなはぐずぐずしないで汽車に乗りこんだ。ここは始発駅でも終着駅でもないので、停車時間はそれほど長くなかった。
乗車口では制服を着たクルーたちが一列に並んで、客を出迎えていた。セフィロスもザックスもクラウドも、もう勝手知ったるもので、クルーに乗車券を見せ、いかにも物慣れた調子で中に入っていった。エアリス嬢だけははじめての体験だったので、あちこち見回して、豪華さに驚いてみせていた。
セフィロスはまたも特別室だった! ということは、そういうことなのだ……男三人はにやにやしながら顔を見合わせた。
「閣下、おまえ、準備できてる?」
「もち」
閣下は云った。ちょうどそのときだった。
「皆さま、お待ちしておりました」
また彼の登場だ! 黒の給仕服をびしっと着こなし、頭を寸分の狂いもなくわけて丁寧に撫でつけた、ウィリアム・ウィリアムソン氏が特別室の前で頭を下げた。
「ウィリアムソンさん」
クラウドもザックスも、昔の同級生に会ったみたいに彼に駆け寄って、握手を求めた。
「お元気そうでなによりです」
ウィリアムソン氏は微笑んだ。
「お部屋へお入りくださいませ。間もなく発車いたします。このホームでは、発車いたしますと、少々強く揺れます」
みんなウィリアムソン氏の指示に従った。
また、あの部屋だった。部屋をふたつぶちぬいた、四人は寝られる部屋。セフィロスは行きのときと同じようにクラウドの荷物を整理し、部屋の中を居心地のいいように整えた。ウィリアムソン氏がアフタヌーンティーセットを持って入ってきた。
「お茶でございます!」
ウィリアムソン氏は完璧に訓練された給仕の腕でお茶を入れ、お菓子をふるまった。となりの部屋からザックスとエアリス嬢がやってきた。
「ウィリアムソンさん」
ザックスは云った。
「おれたちもここで食っていいかなあ?」
「もちろんでございます。では、わたくし横着しまして、こちらのお部屋でまとめてサービスさせていただきます」
ザックスとエアリス嬢は、反対側のソファに腰を下ろした。
「ウィリアムソンさん、おれたち、旅行中にちょっと面白いひとに会ったんです」
ザックスがにやにやしながら云った。
「さようでございますか?」
ウィリアムソン氏は抑制された声で答えた。
「そのひと、エリック・エリクソンさんっていうんです。で、そのひとは、クラブS.O.Nっていうのに入ってるんです」
クラウドが手足をばたつかせながら云った。
「どのようなクラブなのかお訊きしてよろしいでしょうか?」
「考えてみてください!」
ザックスが云った。
「ウィリアムソンさんも、そのクラブに入る資格があるんです」
ウィリアムソンさんはちょっと顔をしかめ、それからすぐにぴんときて、目を見開いた。
「おやおや! それはそれは!」
「そのクラブには、ドナルド・ドナルドソンとか、ニック・ニクソンなんてひとが、うじゃうじゃいるんです。で、あちこちに支部があって、交流するらしいです」
クラウドはエリクソンさんにもらった名刺を、ウィリアムソンさんに手渡した。
「わたくしは、この仕事を終えましたら、すぐにこのクラブに入らねばなりません」
ウィリアムソンさんは強い調子で云った。
「わたくし、これまでの人生で、何度似たような不幸な名前を持った同志に出会えたらと思ったことでしょう!」
ザックスが、でもウィリアムソンさんの名前は悪くないと云って彼を励ました。それで彼は調子を取り戻し、給仕を終えて、引き下がろうとしたが、ふいになにか思いついたようにドアの前で立ち止まって、
「ところで、みなさま、休暇は楽しゅうございましたか?」
「もっちろんです」
ザックスとクラウドが声をそろえた。セフィロスとエアリス嬢は、くすくす笑った。